第25話:家族じゃないの?

We Killed Our Sweetheart

 沈黙して、もう一度見る。さらに沈黙。そして。

「オリオン」
「……」

 ジャックに名を呼ばれ、オリオンは無愛想に新聞を下ろし、マーサがそれみたものかと腹を抱えて笑う。

「ジャック!」
「何だよ!」
「アンタ、苦手なものは、ちゃんと苦手って言いな!」

 リリィは不満そうだった。
 だが結局、一番頼っている相手が誰なのかは、本人もまだはっきりとはわかっていなかった。

 ――が、その週末、マーサの提案で四人は外食することになった。「たまには人の作った飯も食べたいからね」と言ったのはマーサで、ジャックは即賛成し、リリィは大喜びし、オリオンだけがめんどくさそうに渋い顔をしていた。

「家で食えばいい」
「じゃあご飯を作っておくれよ」
「いいだろう」
「嘘だあたしが悪かったよ! たまには気分転換がしたいんだ! 付き合っておくれよ!」

 オリオンの回答にマーサが即座に切り返し「毎日作るのも大変なんだよ」と言われて反論できず、結果として四人は街外れのダイナーへ来ていた。
 夕方の店内はほどよく賑わっており、ハンバーガーやフライドポテトやシェイクといった、子供の好きそうな匂いが充満していて、リリィはメニューを見ながら目を輝かせていた。

「これ!」
「やっぱこれ!」
「待ってこれも!」

 場に挙がるのは、すべてリリィの声だった。
 決まらないまま時間だけが過ぎ、ジャックは楽しそうに「全部頼むか」と言い、オリオンが即座に「やめろ」と返すと、マーサが笑いながら「アンタは本当に極端だねぇ」と言った。
 ようやく注文が終わり、四人は席で待つことになったが、リリィは窓の外を見たりストローで遊んだりして落ち着きがなく、その様子をオリオンは何度も見ていた。

「座ってろ」
「はーい」

 しかし、五秒も経たないうちに、また立ち上がろうとする。

「座れ」
「はーい」

 それからまた、五秒もしないうちに立ち上がる。
 二人のやり取りにジャックが笑いを堪えていると、オリオンが睨みながら「お前も言え」と言い、ジャックは「子供なんてそんなもんだろ」と、まったく役に立たない返事をした。
 そこへ料理が運ばれてきて、リリィが歓声を上げると店員もつられて笑い、「可愛いですね」と言われてリリィは得意げな顔をし、ジャックもなぜか得意げだった。

 店員は料理を並べながら「今日は家族でお出かけなの?」と尋ね、その瞬間――ほんの一瞬ではあったが――確実に空気が止まり、リリィが瞬きをし、ジャックも固まり、オリオンは水のコップを持ったまま動かず、マーサだけが面白そうだった。

「そう見えるかい?」

 ジャックが聞くと店員は笑顔で頷き「とても」と答えた。
 沈黙が流れ、リリィが首を傾げて「かぞくじゃないの?」と聞くと、そこからさらに沈黙が続き、マーサがリリィを撫でるとジャックは天井を見て、オリオンは水を一口飲み、結局誰も答えなかった。が、店員は不思議そうな顔をしながらも去っていった。

 リリィはまだ納得しておらず「ちがうの?」と聞き、マーサは笑いながら「さぁねぇ」とだけ答え、オリオンもジャックも黙っていたが、その言葉自体の否定はしなかった。
 やがて最後の料理が運ばれてきて、追加でハンバーガーとポテト、シェイクにサラダとパンケーキが並び、テーブルの上はあっという間に賑やかになった。
 リリィは大喜びである。

「いただきます!」

 元気な声が響き、ジャックも機嫌よくハンバーガーを頬張り、マーサは真顔でサラダをつつきながら、オリオンだけが相変わらず無愛想にパンケーキを切っていた。
 ……だが、その時だった。

 店内のテレビから、ニュースキャスターの声が流れる。

『続いてのニュースです』

 誰も気にしていなかった、最初は。

『先月発生した、眼孔狙撃事件について――』

 オリオンの手が止まる、本当に一瞬だけで、ジャックが吹き出しそうになるが、必死に堪えた。
 リリィはテレビを見る。

「がんこう?」
「目だ」

 オリオンが答える。

「へぇ」

 興味はそこまで続かなかったが、テレビでは続いている。

『現在も、犯人の行方はわかっておらず――』

 オリオンは黙ってコーヒーを飲み、何事もなかったように振る舞い、マーサは気付いていたからこそ、表情を崩さないよう必死だった。

「こわいね」

 リリィが言う。

「そうだな」

 オリオンは平然としていた。
 ニュースはさらに続く。

『続いて、通称アート殺人事件――』
「アートさつじん? しんでるのおおい!」

 ジャックが盛大にむせて、コーラが気管に入ったらしい。

「ぶっ――!」

 オリオンが目を閉じ、マーサは無表情のまま肩をわずかに震わせる。

「まぁ、なんだ。大丈夫かい?」

 マーサが聞く。

「だ、大丈夫……」

 そう言ってみるも、まったく大丈夫そうではなかった。
 様子の可笑しい大人たちを見て、リリィは首を傾げる。

『アート殺人事件と呼ばれるだけあり、現場には極めて芸術性の高い演出が――』
「へんななまえ」

 リリィが言う。
 オリオンが横を見るが、ジャックは見ない、絶対にオリオンを見ない。見たら終わる、そう思っていた。
 まだニュースは続く。

『犯人には、強い自己顕示欲があるものと――』

 マーサは息を整え、表情を崩さないようにした。

「マーサ」

 オリオンが低く言う。

「……何でもないよ」

 声は平静だった。
 リリィだけが状況を理解していなかった。

「なにがおもしろいの?」
「何でもないさ」

 マーサは真顔のまま言う。
 テレビの向こうでは、真面目な討論が続いているが、テーブルの四人だけは少しだけ違う世界にいた。

 こうして食事を終えるころには、すっかり日も落ちていた。

 リリィは満足そうだった。お腹はいっぱいで、沢山欲しかった物を買ってもらえた、みんなでお話もした。
 その結果。
 帰りの車へ乗り込んで、十分後にはもう眠っていた。

 後部座席で、新しく買ってもらったぬいぐるみを、ぎゅっと抱き締めたまま。小さな寝息を立てている。

「寝たな」

 ジャックが運転席から覗き込む。オリオンもバックミラーを確認した。

「あぁ、寝たな」

 チラチラと、二人のその視線は何度もリリィへ送られている。リリィの隣で、マーサが呆れた顔をした。

「アンタら何回確認するんだよ」
「起きるかもしれないだろ」

 ジャックが言う。

「起きたらどうするっていうんだい」
「プリンセスの次の欲しい物をって、食べたいものを食べる」

 真顔だった。

「親バカ通り越してまるでストーカーだね」
「まぁ否定はしない」

 ジャックは即答した。

「なぁ?」

 道連れのような問いかけに、オリオンが顔をしかめる。

「一緒にするな」
「そうかい?」

 マーサが笑う。

「さっきから、一番後ろ見てるのアンタだったけどね」

 沈黙が走る。オリオンは何も言わなかった。
 言い返さない。……つまり図星だった。

「オリオン」
「何だ」
「あんた、図星だろ」
「黙れ」

 リリィは何も知らない。スヤスヤと、幸せそうに眠ったままだ。
 安心しきった寝顔に、無防備な姿。 少し前まで怯えていた子供とは、到底思えなかった。

「変わったねぇ」

 誰に向けた言葉でもない。
 ジャックもオリオンも、マーサの言葉には何も答えなかった。だが、二人とも同じことを思っていた。

 車はゆっくりと家の前へ停まり、後部座席で、リリィはまだ眠っていた。
 ジャックが、後部座席のドアを開ける。

「プリンセス! 家に着いたぜ!」

 控えめに声を掛けるが、リリィからの返事はない。

「リリィ」

 もう一度呼ぶが返事はない。ジャックはオリオンを見る。

「寝てるな」
「見ればわかる」

 オリオンが呆れたように言い、マーサが笑いながら言った。

「抱っこしてやりな」

 ジャックは少し考え、そして眠ったままのリリィをそっと抱き上げる。リリィは少しだけ身じろぎしたが起きず、安心しきったようにジャックの肩へ頭を預けている。
 家の灯りが暖かく出迎えると、マーサが玄関を開け、オリオンが周囲を確認した。いつもの癖だったが誰もいなく、異常もなく静かな夜だった、そう思った。

 ――そのころ、少し離れた場所で、街灯の光も届かない道路脇に一台の車が停まっていた。
 エンジンは切られていて車内も暗いが、そこには人がいた。

 男は双眼鏡を下ろし、助手席へ置かれた写真を見る。
 少女、金髪、笑顔、首元には鍵。
 何枚もあり、ダイナーにいたっては、今日撮られたものだった。

「間違いない」

 男が呟き、隣の男が頷く。

「報告しますか」

 沈黙が数秒続き、男は再び家を見る。玄関、窓、灯り、そして抱きかかえられた少女。

「報告しろ」

 低い声だった。

「会いたかったよダーリン」

 男はそう言って、にやりと笑った。


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