第14話:彼女へのプレゼント

夕闇にて君を待つ

 カウンターの席を案内され、俺はそこに座った。色々なにおいが混じって、落ち着かない。周りも、女性ばかりだ。メンズのコーナーもあるのに、いるのは、ほとんど女性。

「……お待たせいたしました。こちら、香りを確認されますか?」
 目の前に出されたのは、細長い紙と、サンプルと書かれた、香水の瓶たちだった。細長い紙はあれだ、多分、香水をここにつけて、香りを確認するやつ。
 この中に、俺の好きな香水があった。これが置いてあるのは、ラッキーだ。

「あ、別にいいです」
「えっ? でも、彼女さんに合う……」
「これ、これはニオイわかってるんで、これにしてください」
「承知しました。プレゼント包装は」
「いらないです。そのままで」
 俺は財布を取り出した。
「いくらですか?」
「……レジへどうぞ」

 また女性は、にっこり笑う。俺は請求通りの現金を出して、小さな紙袋を、代わりに受け取った。
「ありがとうございました」
「ども」

 店を出る。空気が全然違って、俺は思わず深呼吸した。こっちのほうが、澄んだ空気だった。と言っても、別に比べてきれいじゃないが。室内で、沢山の人がいることに変わりはない。
 これでこの、ショッピングモールでのやるべきことは終わった。あとは、紗希の家に向かうだけ。今日のメインディッシュだ。
 あいつだって、心待ちにしているに違いない。俺に会って、喜ぶ顔が目に浮かぶ。
「プレゼントも買ったしな、泣いて喜ぶだろうな」
 俺は足早に、ショッピングモールを後にした。

「そういえば、あの店に警察ってきたのか?」
 最悪の想像をしたものの、実際に来たかどうかはわからない。怖いもの見たさが、俺の気持ちを大きくしていく。
 つまり、行ってみたくなったのだ。
 昨日の時点で、紗季の家には警察がきていた。足取りを掴んでいたら、今日、あの店に、警察が来ていてもおかしくない。
「ばれるか、ばれないか……」
 俺の家に戻るより、あの店のほうが安全な気がした。ちょっとだけ、覗いてみたい。
「行くか」
 時間を潰すのにも、ちょうどいいだろう。俺はまた、電車に乗り込んだ。

 世の犯罪者から見れば、逃亡犯から見れば、俺は浅はかかもしれない。
 だが、紗季に会えば、俺に殺すつもりはなかったと、ただのケンカだったと、証明できるはずなのだ。だから今は、昨日ほど焦ってはいない。
 あいつだって、愛しい彼氏の無罪を、自分の手で証明できるのだ。そんなに嬉しいことはないだろう。
 今度の電車は、空いていた。遠慮なく、席へ座る。

「……が……にて……を……」
 喋り声かと思い、辺りを見回すと、どうやらイヤホンからの、音漏れのようだった。音楽ではなさそうだ。ドラマか、アニメか、それともニュースか。
 俺は、まだニュースを見ていないことに気が付いた。最近の報道は早い。地上波だけじゃなく、ネットに動画サイトもある。
 もしかして、俺もニュースになってるかもしれない。そう思い、昨日のニュースと今日のニュースを、片っ端から探していった。
 『刺殺』『自宅』それから、地域に性別と年齢。絞り込んでみるものの、目ぼしい情報は何も見当たらなかった。
 死体が、見つかっていないわけはない、だって、昨日パトカーが来ていたのだから。それに、あれだけ野次馬もいて、取り上げられないわけがない。
 調査中で、まだ情報を出せない、そういうことかもしれない。

「あの、音漏れしていますよ」
 びっくりして、イヤホンを外す。
 目の前に、男性が立っていた。
「あっ、すみません」
「いえ」
 男性は、前の座席へ戻っていった。
 気にしていたつもりなのに、音が漏れていた。やってしまったと、少し居づらくなる。
 男性のほうを見てみたが、何事もなかったかのように、両目を閉じて座っていた。

 そのまま、俺は降車駅まで、その男性と一緒だった。駅を出てからの方向は別々だったが、一緒だったらどうしようと思っていたから、ほんのちょっとホッとした。
「さて、一応は注意しないと……」

 俺はようやく、買っていたサングラスをはめた。
 全身真っ黒で、キャップにマスクにサングラス。こんな格好、芸能人が不審者くらいだ。
「……ダメだ、目立つ」
 周りの視線が気になった俺は、すぐにサングラスを外して、ポケットに引っ掛けた。

 しばらく歩いて、お店へ近づく。周囲を見回してみたが、警察らしき人物はいないように見えた。
「繁盛してるねぇ」
 お店の前には、長い列。予約しないと、こうなることはわかっていた。だから俺は、予約して紗季を連れてきた。
 列を素通りして、店に近づく。
 ちょうど、店の前に置いてあるメニューの看板を、見るふりをして店内を覗いた。
 満席で、店員が忙しなく動いている。
 ……昨日、どれだけの人が並んでいたか、俺は確認していない。もし、今日くらい並んでいたとしたら。一人くらい、紗季を覚えている人は、いるかもしれない。

 「……だと困るな」
 誰にも聞こえないような、とても小さな声で呟く。
 だが俺には、誰がこの店に来ていたのか、知る由もない。知ったからと言って、できることもない。
 そのまま、ぶらぶらと店の周りを一周したが、怪しい人影は見当たらなかった。安心して、俺は来た道を戻る。

「まだ時間はあるか」
 一度、俺の家の最寄り駅へ向かう。一度改札を出て、荷物をロッカーにしまった。今日着ていた服は、持って行くには邪魔なサイズだ。それに、このお気に入りになった、黒の上下。
 もう一セットあるから、それを持って行けばいい。それだけなら、邪魔にならない。それから、お土産の包丁。手持ちの鞄に詰め込んで、俺は電車を待つために、再度改札の中へ向かう。

 ホームは、思ったよりも人がいた。休日だからだろうか。それとも、子どもたちの遊びからの帰宅時間だろうか。大人のラッシュ時間にはまだ早い。
「はぁ、みんな暇人なのかな」
 俺は何本も、電車を見送った。夕方ごろ、と言われたが、そもそも夕方ごろの、詳細な定義がわからなかった。おそらく、暗くなる前。あの、陽が落ち始めて、空がオレンジ色に染まる時間帯。季節によって変わるが、どの季節でも、そう言えば伝わると思う。
「ちょっと遅れていったほうが、ありがたさが身に沁みるよな?」
 俺は、鞄の中身を整えた。そしてまた、電車を見送る。
 移動が多くて、今日は疲れてしまった。でも、まだ今日は終わりじゃない。
 ここからが、本番だ。

 スマホに、あれ以降紗季からのメッセージは届いていなかった。こちらから送っていないから、当たり前といえば当たり前だ。だが、一言何かあってもいいんじゃないか、そうも感じる。
 俺がわざわざ行くのだから『気を付けてきてね』や『ご飯を作っておくね』でもいい。それか『もういつ来ても、私は大丈夫だからね』とか。それくらい、彼女なら気を利かせてほしかった。

 これは、本人が気気付くべきだ。連投が嫌なのと、気を遣ってほしいのは違う。だからまだ、俺からは敢えて言わない。家に着くまでに一通も来なかったら、仕方ないから言うつもりだ。本人のためになるし、ダメなことは、繰り返さないほうがいい。
 こうやって、言ってくれる人は意外と少ないのだ。俺はその、数少ない一人。紗希を愛しているからこそ、ダメな部分を指摘して、直せるようにしてあげる。
「良い関係だよな、俺たち」
 こうして、何本も電車を見送った後。俺はやっと、紗季の家へ向かうため、電車に乗り込んだ。

 見送ってきた電車より、客の数が多い気がした。気のせいだろうか。座ることはできたが、止まる先々で、沢山の人が乗ってくる。
 俺はぼーっと、背もたれに身体を預けて、そこから見える、窓の外を見ていた。もう上のほうが、暗くなっている。夕方は、終わりに近づいていた。
 俺は、この時間が好きだった。夜と夕方の、あいまいな時間が。空が混ざって、世界の全部が一緒になるような。……そういえば、紗季も好きだと言っていた気がする。
 この時間、好きな人はきっと多い。嫌いになる要素がない。

「ねぇねぇ、今日泊まってく?」
「明日、仕事だからなー」
「えー、一緒に朝出ればいいじゃん」
「わかったよ」
「やった」
 そんな、カップルの会話が聞こえてくる。目の前に立ったカップルだ。紗希も俺に今日、そう言ってくるかもしれない。
 しかし、あの彼氏と違って、俺はノーと紗希に言う。今日は、ケンカしたことへの、謝罪の言葉を聞きにいくだけだ。そして、香水もこれに変えろと言う。それだけ。
 だが、もし紗希が「どうしても一緒にいたい」と言うのなら、仕方がないから、一緒にいてやってもいい。俺は、優しいから。俺がどうするかは、あいつの態度次第だ。

「ご飯、外へ食べに行く?」
「最近、外食が多くないか?」
「えーでも、私が作るよりも、外で食べたほうが美味しいんだもん。買い物してたら、遅くなっちゃうし。いいでしょ?」
「仕方がないな、わかったよ」
 あっさりと許可する彼氏。そこは、上手くなるまで、作らせるべきじゃないのか。自覚があるならなおさらだ。紗季が今日、どこか外へ食べに行きたいと言ったら、俺は作ることを進言しよう。そのほうが、あいつのためにも、今後のためにもなる。


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