「あいつに、返信してやらないと」
フードコートはもう行った。それ以外で、落ち着いて文字を打てる場所を探す。
「あ、あそこでいいか」
俺は、紗季の好きそうなカフェを見つけると、そこへ入った。
「いらっしゃいませ!」
「一人なんですけど」
「ご注文を先にどうぞ。お席は、空いている好きなお席へお座りください」
「じゃあ、このジンジャエールを。Mサイズで」
ここでも、使うのは現金だ。レシートは要らない。今この時間のアリバイは、俺にとってどうでもいいし、価値もない。
「あちらの、受け取りカウンタでお待ちください」
おとなしく、言われた場所で待つ。何気なく席を見渡してみると、休日にしては空いているな、と思った。微妙な時間だからかもしれない。
それに、やたらと緑色の飲み物が多い気がした。多分、抹茶だ。俺はあまり、抹茶が好きではない。そういえば、紗季は抹茶を頼んだことがあるから、好きなんだろう。俺の前では、一切頼まないが。
いや、一度だけ頼んだか。最初のデートだったか、二回目だったか。「抹茶を飲むやつの気が知れない」と言ったら、それ以降頼まなくなった。それくらいで頼まなくなるなら、たいして好きでもなかったんだろう。
元はと言えば、俺が金を出してるのに、嫌いなものを頼まれるのは、無性に腹が立つからやめるべきだ。それに、抹茶なら抹茶だと、さっさと決めればいいのに、意味なく長時間悩むのだ。それを見ていると、またイライラする。喋っていて飲むのも遅いから、余計に。
よく見ると、カウンタの奥、メニュー一覧の上のほうに、抹茶ドリンクの絵があった。そこに『当店人気NO1!』と書いてある。
……信じられない。
「113番の方ー」
俺だ。
「はい」
「お待たせいたしました、ジンジャエールのMサイズです」
「ども」
「ごゆっくりどうぞ」
俺は受け取ると、端っこの席へ座った。
「じゃあ、送るか……」
無性に乾いていた喉に、ジンジャエールを一気に流し込む。炭酸とショウガが、喉を刺激する。その刺激が、心地よかった。カップの中は、もう半分しかない。
「『いや、俺も悪いから、俺が会いに行くよ。紗季、今家にいる?』これでいいだろ」
そのまま、送信ボタンを押した。
俺は、椅子の背もたれに身体を預けて、大きく息を吐いた。脚を組んで、上下に揺らす。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
「次は、まぁまぁ早いじゃん」
内容はこうだった。
『そんな、私が悪いのに。来てもらったら、申し訳ないよ。私が会いに行くから。大地は、どこにいるの? 家?』
「だから、俺が聞いてんだって。家にいるかどうかさ!」
大きな声になりそうで、急いで勢いを押し殺した。周囲に怪しまれてはいけない。でも、独り言もやめられない。
怪しまれない程度に抑えて、そのうえで気持ちを出すしかないのか。
苛々する。俺が聞いたのに、逆に聞いてくるんじゃない。しかも、わざわざ行ってやると提案してやったのに、それを拒否してくるなんて。
「そうじゃねぇんだよ」
足を揺らしながら、今の気持ちのまま先に返事をした。後は、ジンジャエールを飲みながら、ボーっとするだけだ。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
今度は、すぐに開いたりしない。焦らす。きっと、紗季はそれで不安になるから。あいつのことは、よくわかっている。
スマホの時計を見ながら、十分、ニ十分。
「そろそろか?」
俺は紗季からの返事を見た。きていたのは、二通だ。
『本当にありがとう。わかった、じゃあ、家に来てくれるかな。私今、家にいないの。夕方には帰るから、それくらいに来てくれる?』
『それから、鍵は開いてるから、そのまま入ってくれる? 泥棒なんて、滅多にこないだろうから、今そのまま出かけちゃってるんだけど、鍵が壊れてて……。直しに来てくれるの、遅くなるみたい。大地がいたら、安心できるなって思うの。いいかな?』
俺は、鼻で笑った。
「ほら、やっぱり」
俺は心配してやってる感じを十分に出しながら、返信した。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
「はっや」
必死なのかもしれない。そう思うと、笑いがこみ上げてきた。
『うん、わかってる。じゃあ、待ってるね。また後でね。会えるの、楽しみにしてる!』
「俺も、楽しみだよ」
そう送ることはなく、俺はスマホをしまった。予定の時間まで、まだある。俺は家に帰らず、このモールで時間を潰すことにした。ありがたいことに、映画やカラオケもある。本屋にもカフェが併設されていて、そこで読んでいる人も多い。学生が多く見えるのも、何だか頷けた。
本屋へ行き、時間を潰す。幾つかほしい本を見つけたが、この後はそのまま、紗季の家へ向かうつもりだ。今買うと、荷物になる。本のタイトルをメモして、俺は売り場を歩き回った。
それからまた、一階から順番に、全てのお店を覗く……と言っても、流石に明らかな女性向けは無理だった。カードショップは懐かしさもあり、意外と時間をとった。ゲーセンは、あまりのぬいぐるみの取れなさに、発狂しそうだった。
「そうだ、服は買っておこう」
新しい服は、買わなければならない。そんな、強迫観念に駆られた。なぜだかわからないが、今の俺に必要だと思ったのだ。一番好きなブランド以外は、特に拘りはない。残念だが、このショッピングモールに、俺の好きなブランドは入っていなかった。
だが、それでもいいと思った。むしろ、自分の好きなブランド以外がいい、と。どこにでもある店の、どこにでもある、黒の上下。それから、黒のキャップ。靴は元々黒だったから、これでいいだろう。
祐輔の案通り、サングラスも買った。だが、ここでこれをはめるのは、少し早いと思う。
トイレで着替えて、今まで着ていた服を、一緒に買ったエコバッグへ詰めた。
「俺、黒似合うから」
安いが新品の服に、上機嫌でスマホを見た。まだ、時間はある。一人でショッピングモールを回るのは、存外楽しかった。これからも、たまには来たいものだ。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
ズボンのポケットで、スマホが俺を呼ぶ。もう、画面を見るのは怖くない。
予想通り、相手は紗季だった。まだ何か、言い足りないことでも、あったのだろうか。俺は揚々と、メッセージを開いた。
『着きそうになったら、連絡してほしいな。大地のために、ちゃんと準備しておきたいから』
「何のだよ」
メッセージを見て、思わず鼻で笑う。ちゃんと、反省しているようだ。
俺が返信しなくとも、紗季は送ってくる。様子を窺いながら、俺の求める言葉を。短時間で、同じような内容を連投しない。それは、俺が嫌いなことだからだ。鬱陶しい、迷惑。
こういうのは、態度に出していかないと。それで紗季は、ちゃんと理解した。
「ま、これも、返さないけどな」
連絡を入れずに、俺は紗季の家へ行くつもりだ。サプライズしてやる。
「あ、そうだ。あれも買っておかないと……」
サプライズには、もうひとつくらい、プレゼントがあってもいい。
俺は、香水が売っていそうな店を探した。放っておいたら、紗希はあのバニラの香水を、持ち続けるかもしれない。
俺が壊しても、捨てても、嫌いだと吐いても、こっそり持っているかもしれない。「私は好きだから」と、俺のいないときに、新しく買ってでも使いそうだ。
それは、許せない。俺は、あのにおいが苦手なのだ。
その代わりになるもの。それを探す。そうすれば、紗希は喜んで、その香水をつけるはずだ。俺からのプレゼント。
見つけたのは、コスメ系のお店。においが独特だった。デパートの、コスメ売り場に似ている。つまり、同じようなものが、この店でも売っている。
「すみません」
俺は、思い切って、店員に声をかけた。
「はい。何かお探しですか?」
俺に気が付いた、女性の店員。にっこり笑う姿は、なかなか良い。
「あの、彼女にプレゼントを贈りたくて」
「なるほど! 素敵ですね! どのようなものを、お探しですか?」
「えっと、香水を探しているんです。柑橘系が、良いんですけど」
俺の好きな匂い。清涼感があって、瑞々しい。
「でしたら、いくつかお勧めがございます。お好みのブランドは、ございますか?」
「えーっと、そういうのは、知らなくて。元々、バニラがいいとか言うし。俺は嫌いなのに」
「……こちらで、選んでお出ししますね。椅子に掛けてお待ちください」
一瞬、相手の顔色が曇った気がした。が、気のせいだろう。俺は、彼女のために、わざわざプレゼントを選ぶ、優しい彼氏なんだから。顔色が曇る、理由なんてない。