第12話:返信

夕闇にて君を待つ

「そうだな……『俺も、そう思ってた』か? いや、ここは『昨日はごめん』と、先手を打つか……」
 好奇心が勝ったら、アドレナリンでも出るらしい。俺は興奮していた。
 非日常の入り口は、昨日からずっと続いていて、俺はそのずっと長いトンネルのような場所を、ただひたすら歩いていた。
 これだけ長くても、まだ入り口なのだ。さらに奥へ進むために、俺は、幽霊かもしれない恋人相手に、メッセージを打つ。
「やっぱり『俺が悪かったよ、今、どこにいる?』が、良いんじゃないか?」
 それはそのまま打ち込むと、彼女が死んでから初めて、彼女宛にメッセージを送信した。

「返事、くるよな」
 保証はない。だが、今まで一方的に届いていたのだ。……返事は、きっとくる。
「緊張してきた」
 文字を打つとき、自然と手の震えは止まっていた。しかし、今こうしていざメッセージを送り、返事を待つと決めたら、また震えてきたのだ。身体は正直らしい。
 手にかいた汗を、ズボンで拭う。いつの間にか、紙コップの中の水は空っぽになっていた。

 十分、ニ十分。喉が渇く。口の中も、カラカラになって貼りついてきた。荷物はそのままに、俺は今度は紙コップふたつ取って、その中に水を注いだ。
「二個ありゃいいだろ」
 よく見たら、周りは人で埋め尽くされていた。俺が独り言を言いながら自問自答している間に、そんな時間になっていたらしい。
 なんとなくきょろきょろしていたら、あの俺の独り言にビビって、ペコペコしながらどこかへ行った、男性の姿を見つけた。ちょうど食べ終わったのか、席を立ってトレーを持っている。

「あ」
 目が合った。気まずい。相手も、気まずかったのだろう。少し考えて、視線を外さないまま、お互いどちらともなく会釈をしてから、また同じように、視線を外した。

 ……意図して待つ時間は、長く感じると思う。今がまさにそうだ。待っていない時は、そうは思わない。気にしていないからだ。相手の存在も、自分の時間も。
 それが一度意識すると、面白いくらいに落ち着かなくなる。なんだかちょっと、好きな子からの連絡を、今か今かと待っている瞬間に似ていた。
 好きな人、というのは、間違っていないのかもしれない。だが、俺は今、幽霊からの連絡を待っている。
「まだかな……」
 メッセージ画面を開く。既読はついていた。返事を考えているのか。それとも、空でも飛んであるいは、色んなものをすり抜けて、ここまで俺に会いに来るのだろうか。
「笑っちゃうな、そんなの」
 もしそうなら、俺は喜んで会おう。幽霊になってまで、俺に会いたいというのなら。
 返事が来るまで、ゲームでもすることにした。暇つぶしに、パズルゲームだ。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
「きた!」
 俺は通知も見ずに、ゲーム画面から、メッセージ画面へ切り替えた。
「……あれ?」
 メッセージは来ていない。慌てて通知を見てみると、ただのニュースアプリの通知だった。

「なんだよ」
 完全に、紗季からの連絡だと思っていたのに。外れたと思うと、無性に悔しかった。
 俺はまた、ゲーム画面へと切り替える。無心になってできるパズルゲームは、暇つぶしにも、何かを待つ時間にもちょうどいい。目の前のことに、必死に没頭できるから。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
「あっ」
 今度こそ、紗季に違いない。俺はまた、メッセージ画面を開いた。
 そこにあったのは、何度も見た『メッセージを取り消しました。』だった。
「幽霊になっても、癖って変わらないものなんだな」
 俺はもう、彼女を幽霊だと決めた。だって、それ以外ないのだから。生きている可能性も考えたが、どう考えても低い……というか、ない。これで生きていたら、彼女は不死身ということになる。人間じゃない。

「考えてくれてるなら……待つか」
 メッセージを取り消したということは、より良い内容を考えているということだ。俺のために。それなら、待つ甲斐もある。
 それに、取り消されたが、一度は送ってきたのだ。この後も、送られてくる可能性は高い。というか、そのために書き直しているのだから。絶対に、返信は来る。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
「きた!」
 紗季だ。やっときた。俺は急いでメッセージを開いた。
『ううん、私が悪かったの。本当にごめんなさい。だから、どうしても私、お詫びがしたくて』
「ほら、やっぱり」
 メッセージの内容に安堵する。何も、怖いことはなかった。俺のことが好きで、俺と一緒にいたい、紗季の幽霊。
 思わずククク、と声が漏れる。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
 手の中で、スマホが震える。画面に、二通目のメッセージが、表示された。
『どうかな? 今日、まだ会えるかな?』
「あはは、いいぞ、いいぞ。会ってやろうじゃないか」
 寝不足でもないのに、おかしな高揚感が俺を包む。

 もしこの相手が、紗季の幽霊じゃなかったら。……そんなことは、俺にとってはもう、どうでも良かった。相手が違っていても、俺はこのメッセージに返信するしか、道が残っていない。
 冷静に考える頭はある。返さなければ、おかしいのだ。俺の頭は正常だ。
 ちゃんと考えられる。選択できる。心はぐちゃぐちゃでも、頭はまだ問題ない。

 大丈夫、大丈夫。
 それに、だって――
「また教えてやればいいんだから」
 俺は口だけ動かして、紗季の顔を思い浮かべて笑った。

 ……とにかく、このメッセージに俺は返信しなくてはならない。連続で送ってくるなんて、よっぽど俺に会いたいのだろう。それに、自分が悪い、とも思っている。最初から、その態度でいればよかったんだ。余計なことをするから、余計な目に遭う。
「少し、教育してやるべきか……?」
 そう口にしたら、意識していないのに口角が上がった。俺は笑っていた。
 それが出てしまっては、きっと紗季に伝わってしまう。伝わっていいのは、会ってからだ。
「まずは、返信だ」

 俺は考えた。簡単に『会おう』とは言えない。言うべきではない。相手から懇願するように、そう仕向けるべきだ。紗季なら、それでもやってくる。俺のことが、好きだから。それに、そのほうが後々都合もいい。
 テーブルを爪で叩きながら、文面を考えるも、一向にいい内容は浮かばない。普段であれば、こんなに考えることなく、返信できるのに。
「……めんどくせぇな」
 本音が漏れる。いや、今までのも全部本音だ。

「あ、そうだ」
 こうすればいい。俺は気が付いた。あいつの家に、俺が行ってやればいいのだ。そうしたら、あいつは泣いて喜ぶだろう。そして、俺に感謝するはずだ。「来てくれてありがとう」と。
 それから、目の前であの香水を出させて、目の前でごみ箱に捨ててやる。いや、投げつけて瓶を割ってもいい。
 香水はだいたい瓶に入っているし、強度も強くないはずだ。そうしたら、自分が何をしたのかも、今の自分の立場も、よくよくわかるだろう。そうだ、それがいい。
 掃除はあいつにさせる。綺麗に片づけられたら、褒めてやってもいい。

 返信の前に、俺は買い物をすると決めた。包丁だ。あいつの部屋から、包丁を持ってきてしまった。ないと不便だろう。俺は優しいから、ちゃんと買ってやる。新しい包丁を、あいつにくれてやる。予想外のプレゼントに、泣いて喜ぶ顔が、目に浮かぶ。
 ……プレゼントに包丁、悪くない。家事をする人間に、絶対必要なものだ。間違いなく、感謝される。
 どうせ買うなら、よく切れるほうがいい。少し高くて、人気のあるやつだ。軽いが硬くて、力が入れやすくて、切り易ければなおいい。
 俺は料理をほとんどしない。だから、一番いいのはどれか、それはわからない。だが、俺が選んだんだ。それ以上のものは、ないに決まっている。

 幸い、ここはショッピングモールだ。何でもそろっている。包丁も例外ではなく、よさそうなものがあった。
 俺は迷わず包丁を手に取ると、レジへ持って行った。
 現金で払い、レシートはもらわない。俺は店員の「ありがとうございました」に「ありがとうございます」と返して、にこりを会釈してから、レジを離れた。
 これは、いい買い物をした。


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