――この日は、久し振りのデートだった。
彼氏の大地。幸村大地とは、マッチングアプリで出会った。今どき、珍しくないと思う。
大地の仕事が忙しくて、なかなか会えない日が続いた。重い彼女になりたくなくて『会いたい』『電話できない?』という言葉を、何度も消して、ありきたりなメッセージにいつも変えた。
だから、ようやく会えると決まった今日、いつもより張り切って支度した。新しい服に、メイク用品。ネイルにも力を入れた。ちょうど、美容院へ行くタイミングだったし、カラーリングも変えた。せっかくだから、香水も新しく。
「……よし!」
何度も鏡を見て、表情を決める。可愛いと思ってほしい、今日、会えてよかったと、思ってほしい。
「先に投稿しとこ! ええっと『今日のコーデは、彼氏の好みに合わせて』……と」
大好きなSNS。大地に会えない時間は、SNSが私を支えてくれる。繋がりがあるから、やめられない。
鍵をかけていないが、友人しか見ていないから、自由に投稿している。大地には伝えていない。見られると、なんだか恥ずかしいから。
顔を載せていないとはいえ、私の毎日の日記代わりなのだ。友達から一度『載せすぎじゃない?』と、言われたことがある。私から言わせたら、余計なお世話だ。好きで載せている。
どうせ、友達以外、誰も見ていない。
出かける前に、今日のコーデとネイルを載せた。記録にもなるから、次のデートの服に、迷わなくて済む。
カフェや居酒屋の記録、買った服の履歴、美味しかったお菓子。全部全部、私がここに詰まっている。
「さ、そろそろかな?」
いつも、大地が迎えに来てくれる。車があると聞いたときは、ちょっとホッとした。私は車を持っていないから、あると助かる。電車移動でもいいが、車でしか行けない場所も、行きづらい場所もあるからだ。
――ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
「あっ!」
待ちかねた通知。大地だ。今日は、彼にちょっとしたプレゼントを用意している。喜んでくれたら、私も嬉しい。
「ピッタリ。『着いたよ』だって。さ、行こ!」
『今行くね!』と返し、私は最後に、また鏡を見てニッコリと笑顔を作ると、その表情のまま大地の元へ向かった。
今日、お店を決めたのは大地だ。決めてくれたことに、文句は言わない。言わないが「お前が行きたいって言ったから、わざわざ予約してやったんだぞ」なんて、口に出さなくても良かったのに。
「ありがとう」とは言ったけど、私がこのお店に行きたいと言ったのは、オープンしたてのころだ。私はもう、このお店に友人と来ている。
が、彼は「私が初めて来た」と思っているらしい。わざわざ言うことでもないから、黙っておくつもりだ。
むしろ、黙っておかずに、話したほうが怖い。水を差す結果になる。
そうなったらきっと、大地の機嫌は悪くなってすぐに「帰る」と言い出すだろう。「お前は配慮ができないのか」とか「人の気持ちが、考えられないのか」とも言われそうだ。
席に着いて、メニューを見る。
大地はいつものように、自分だけメニューを見て、二人分頼んでしまった。
私の入る余地はない。
「お待たせいたしました、こちら……」
食事が来ても、大地はスマホを触っていた。席に着いて、注文してから、ずっとこうだ。これも、いつものこと。
私に「SNSを見すぎ」「SNS中毒だ」なんて言うけれど、私から見たら、大地はスマホ中毒だ。
本人は、気付いていない。
私は、言わない。
一応、会話をしようと、幾つか言葉を投げかけてみる。
でも、駄目だった。
寂しく、私の言葉が、宙に浮かぶ。
「……ぇ、ねぇ」
せっかくお店に入ったのだ。楽しく食事をしたい。二人の時間を、過ごしたい。
だから、頑張って話しかける。
「あ? あ、うん」
「ちょっと、ちゃんと聞いてるの?」
もでやっぱり、態度に少し出てしまった。
「ごめん、ちゃんと聞いてるよ」
嘘だ。聞いていない。
「本当に? じゃあ、返事は?」
「あー……ごめん」
「どういう意味なの? それ」
何に対しての、謝罪なのだろう。
やっぱり、聞いていないじゃないか。いつもこれだ。
聞いていないくせに、適当に聞いているふりをする。
「はぁ。だから、明日の買い物だって。一緒に行くんでしょ? 会社の鞄見に」
「え? そうだったっけ?」
視線も合わせずに、大地は言い放った。
「何? 忘れたの? 嘘でしょ?」
信じられない。鞄を見たいと言ったのは、大地のほうなのに。それすら、忘れているなんて。いくら忙しくても、流石にそれはないだろう。
「もうさ、自分が言ったんじゃん! 仕事用の鞄が古くなったから、買い換えたい。一緒についてきてほしいって!」
「あー……そんなこと言ったっけ……?」
大地の顔を見ながら、思わず口をぽかんと開けてしまった。
「自分で言い出しておきながら、忘れるなんてほんと最悪」
我慢できずに、つい口にしてしまう。いつもなら、黙っているのに。でも、流石に今日は、大地だって「言われても仕方ない」と思っているだろう。
だって、顔に「あ、やばいかも」と書いてある。
「そういえばさ、仕事は順調?」
急な話題の転換。いつもそうだ。自分の都合が悪くなると、別の話へすり替える。それにもう、慣れてしまった。たった一言「忘れててごめん」と、そう言えばいいのに。
大地には、それができない。謝ったら負け、とでも、思っているのだろうか。
「仕事? 別に、普通だけど」
へらへら笑う大地に、怒る気が失せる。仕方なく、そのまま話に乗った。
「ほら、この間、なんか上司の話してなかった?」
くだらない話は覚えているのに、どうして大事な話は、覚えていられないんだろう。
「んー、先輩の愚痴も減ったし、繁忙期も過ぎたからなぁ」
私は、アイスコーヒーをかき混ぜて、何か話題がないか探した。水滴が指について、そのままコースターへと落ちる。
「そっか。ならよかった」
本当にそう思ってる? そう聞きたいのを、ぐっと堪えた。
多分、ただの相槌だ。
「あ、でもさ」
私はかき混ぜるのをやめて、アイスコーヒーを飲んだ。思い出したことがあったのだ。この話題なら、大地も覚えているはずだ。
「またあの、変な人が動き出したっぽくて」
「えーっと、誰だっけ? あ、あのストーカーみたいなやつ?」
「そうそう。いい加減にしてほしいよ、気味悪いし」
――そう、ストーカー。私は口をつぐんだ。
これは、何度か大地に話している話で、あまり気持ちのいい話ではないと、自分でも思っている。だが、一人で抱え込むにも、気持ちが悪い。
私は、いわゆるストーカーから嫌がらせを受けていた。でも、私の目の前にその姿を現わしたりしない。ネットストーカーというやつだ。
私がSNSに写真をアップすると、必ずその場所へ行って、同じような写真を載せる。同じものを買い、同じ場所へ行く。
誰なのかは、もちろん知らない。でも、私の真似をしているようで、すごく気持ちが悪かった。
警察へは連絡していない。だって、直接何かされたわけでも、目に見えた被害があったわけでもないから。「嫌な思いはするものの、困ってはいない」のである。
日常生活を送るのに、まったく問題ない。それに「絶対自分の真似をしている」とも、言い切れないのだ。同じ趣味の人、と言われればそれまでだし、たまたまアップしたものが同じだった、と言われても私は否定できない。
「最近は何があったの?」
珍しく、大地が食いついてきた。いつもなら、そのまま流されてもおかしくないのに。
「それが、私の行く先々に、ついてきてるみたいなんだよね」
そう言った瞬間、あからさまに大地が、嫌そうな顔をした。さしずめ「うわぁ、そんなことするやつ、本当にいるの?」というところだろうか。表情からして、大地的にもナシ、のようだ。ただ、私はまだ、その人物に遭遇していない。だから「怖いが現実味がない」状態だった。怖いと言えば怖いのだが、気のせいかもしれないという可能性が、まだ残っている。
「なんだよそれ。早く言えよ! そういうことは!」
大地が怒っている。心配してくれているみたいで、私は嬉しかった。
「だ、だって! 絶対そうだ……とは言い切れないし……」
歯切れは悪いが、本当のことだ。確信も、証拠もない。
「てか、相手が誰かわからないんだろ? ついてきてるなんて、どうしてわかったんだ?」
「それは……」
SNSの話を、どこまでするか悩む。大地のことだ。「何でその時点でやめないんだよ!」と、言ってくるに違いない。SNSは、やめたくないのだ。