第24話:見覚えのあるもの

夕闇にて君を待つ

 気持ちが悪くて、俯いていた。すると、私の部屋にいた警官が一人、こちらへとやってきていた。目の前の警官に声をかけたかと思うと、二人で何やらごにょごにょ話して、頷いたり不思議な顔をしたりしている。
 そのままやってきた警官は、また私の家へ戻っていった。
「こちらの方に、見覚えはありますか?」

 警官が出したのは、スマホの画面だった。知らない女性が映っている。しかし私は、妙な既視感を覚えた。ただ、それがなぜだかわからない。
「いえ、知らないです。でも、何か引っかかるんですよね」
「友人の友人や、ご家族の知り合いにはいらっしゃいませんか? よく行くお店の店員や、会社ですれ違う人は?」
「うーん……」

 そう言われても、誰も思い浮かばない。
「この人が、部屋の中にいた人ですか?」
 気になって聞いてみた。何も言われなかったからだ。流石に、まったく関係のない人については、聞かれないと思っている。
「はい、そうです」
「やっぱり、見覚えはないんですよね」
 引っかかることはあるものの、やはり、名前もわからなければ、会ったことがあるのかどうかもわからなかった。
「例えば、SNSはどうでしょうか?」
「SNSですか?」
「えぇ。フォロー、フォロワー、知人の知人は、どうでしょう?」

 基本的に、私のフォロワーとフォローは、知り合いばかりだ。友人の友人でも、会ったことのある人、会社の同僚、昔のバイト仲間や、最近になってたまたま再会した幼馴染。だから、顔がわからない、ということは、基本的にないと思っている。
「うーん……違うと思います」
「少し、見てもらえませんか?」
「はい?」

 目の前に差し出されたスマホの画面には、私もよく使っているSNSが表示されていた。プロフィール画面だから、名前とアイコンを見てみるものの、どんなに頑張って思い出そうとしても、思い出すことはできなかった。
「今からスワイプしていくので、気になる投稿があったら、ストップと言ってもらえませんか?」
「わかりました」
「何か、繋がるものがあったらいいな、というだけですので。気楽に止めてください。なければないで、それでいいので」
「はい」

 言われた通り、私はスワイプされていくタイムラインを、じっと目で追いかけた。
 ある日のカフェの写真、一人飲みでやってきた居酒屋の写真、給料日なのか、幾つかまとめて購入した、洋服とバッグの写真。新発売のコンビニスイーツに、彼氏とお揃いで買ったバグカップに、たまの自髄で上手くできたトマトパスタ。
「……あれ?」
「何か、気になるものがありましたか?」
 私の言葉に、警官はスワイプする指を止めた。
「あ、いや、えっと……」

 胃の辺りがむかむかして、頭がぼうっとする。この引っ掛かりを、えいっと外へ出したいような、出さないように飲み込みたいような、何とも言えない感覚。私は目をぱちくりさせた。このタイムラインを見ている間に、繋がってしまったのだ。私の覚えた既視感が、いったい何に対してだったのかを。
「……あの、私のスマホ、見てもらえたらわかるんですけど……」
 事件を解決するためには、口にするしかないと思った。

「これに似た投稿、私してるんですよね、多分」
 今度は警官が、目をぱちくりさせた。
「……と、仰いますと?」
「私、ネットストーカーの被害に遭っていたんです。といっても、実害は別になかったんですけど。いろいろ真似されて、最近はどうも、私の行く先々に同じように行っていたみたいで。ついてきていたのか、単独でなのかはわかりません。ただ、この投稿、もしかしてその人のなんじゃいかな……って」

 正直あまり、自信はなかった。というのも「ストーカーをしてきたそれっぽいアカウントは複数あった」からだ。どれも、短期間でアカウントを消しては、また別のアカウントができる。同じ人がやっていると思っていたが、実は違う可能性もあるし、私の気にし過ぎなのも、まだ否めない。
 だが、毎回私のタイムラインに『おすすめ』としてあがってきた。昔、聞いたことがあった。よく見るアカウントには、相手側に自分のアカウントが、おすすめとして表示されるということを。どういう仕組みなのかは知らないから、本当かどうかはわからない。
 しかし、それがもし本当ならアカウントを変える度に、私のアカウントを、わざわざ何度も覗きに来ていたということになる。
 由那にも話したが、普通は見つかりたくないものじゃないのか。それとも、承認欲求を満たすために、本人のアカウントに出没しているのだろうか。

「あ、違うか」
「どうしました?」
「あ、いえ、すみません。全然関係ないこと考えちゃって」
 関係ないわけではない。が、そうか、そりゃあ、私のアカウントを覗くはずだ。大事な部分が、すっかり抜け落ちていた。本人は、私の真似をしている。真似をしているから、対象の私を監視しているのだ。
 そんな簡単なことも、わかっていなかった。
 私があまり、このことを大事にしていなかった証拠だ。

 警官は、難しい顔をしていた。
「こちらも、いいですか?」
「何でしょう?」
 見せられたのは、別のアカウントだった。こっちも、同じような投稿が続いている。
「あれ、こっちは見たことあります。あ、これですよ! この名前、アイコン、ずっと私の真似してきてる人! ストーカーです!」
 プロフィールに載っていた、開始年月日を見る。さっきのアカウントよりも、圧倒的に長い。
「あれ、でも、この間見たとき、アカウントもう消えていたような」
 このアカウントが消えて、それから、似たようなアカウントが何回も出てきた。どういうことなのだろう。

「なるほど。もしかして、アカウントを一時的に消していたのかもしれないですね。一度消したとしても期限内に再ログインすれば、今までのアカウントをそのまま利用できるSNSもありますから。その間の、非常手段に使っていたのが、最初のアカウントなのもしれません」
 我ながら、突拍子もない話だと思った。それなのに、この警官は一度も否定することなく、私の話を聞いてくれている。何なら、自分でそう言いながら頷いているのだ。
「……誰かさんとは、大違い」
「はい? 何か言いましたか?」
「あ、いえ、何でもないです!」
 私は慌てて首を振った。

「あの、このアカウントが、あの家の中にいた人ってことは……」
 恐る恐る、思ったことを口にしてみる。私の言わんことに、すぐ気が付いたのだろう。警官は、一瞬口を閉じて、すぐにまた開いた。
「はい。高峯さんが「ストーカー」だと仰った、このアカウントの持ち主が、あなたのストーカーであり、被害者……ということになりますね」
「ああ、そうですか……」
 それ以外、言葉が浮かばなかった。最初は心配していた気持ちも、今では怒りになりつつある。

 どうして、家を知っているのか。
 どうして、この家で死んでいるのか。
 どうして、私だったのか。

 一番理由を知りたかったストーカー行為についても、もう聞くことができない。
 因縁の対戦相手に、最後の試合の途中で逃げられたような、そんな消化不良な気持ちがある。

「気になっていた部分は、解消されましたか?」
「うーん、まぁ、そうかもしれません。……あれ? もしかして、この人家に勝手に入ったの?」
 家へ帰ったとき、鍵が開いていたことを思い出す。自分の閉め忘れだと思っていたが、ストーカーなら行為としてあり得るのでは、と、不安に駆られた。だとしたら、私の家のスペアキーが、勝手に作られているということになる。もしくは、ピッキング。私が鍵を閉め忘れた可能性、それは、この人の遺品に、私の鍵があるかどうかで決まるだろう。
「荷物の中に、鍵がふたつあったようです」
 察してしまった。つまり、私の想像が、当たったということだ。


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