しかし、約束したのだ。彼氏にメッセージを送ると。約束したからには、やるしかない。それに、これで大地から連絡が来たら、会おうよという話になったら、きっと私は安心できる。
警察だって、それなら大地を犯人扱いしないだろう。
私のためであり、大地のためでもあるのだ。
「……よし!」
私はそう声に出して、スマホを両手で持った。……指先が震えている。怖い。メッセージを送ることも、返信が来るかもしれないことも。
頭ではわかっていても、身体は逃げ出したかった。
「えっと……『お昼はごめんね』かな……それとも『会って謝りたいんだけど、時間あるかな?』とか? いつもの私、いつもの私……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、私は部屋の中をぐるぐると回る。止まっていると、何かに押し潰されそうだった。
「ダメだ、考えなきゃ、って思うと、全部ダメに見えちゃう」
苦しい。メッセージを送ることが、こんなに苦しいなんて。仕方なく、私は一度シャワーを浴びて、少しでも気分を変えてからよく考えることにした。
――そして、次に意識が戻ったのは、朝のことだった。疲れ果てて、知らないうちに寝てしまったらしい。
「……っ、やだっ! ど、ど、どうしよ……!」
昨日のうちに、メッセージを送るはずだったのに。朝になってしまった。
「えっと、えっと」
慌ててスマホを探す。すぐ枕元で見つけたスマホの画面には、私が途中まで打ったメッセージが残っていた。
「また、考えないと」
溜め息を吐いて、スマホを手に取る。
「あっ!」
その拍子に、うっかり送信ボタンを押してしまった。
「ダメ、ダメ!」
私は慌てて、送信取り消しをする。しかし、何か送らなければ、という気持ちもあり、また文を考えるも良いものは思いつかない。
書いては消して、よし! と思い送ってみるも、結局すぐに取り消した。
結果、画面には『メッセージを取り消しました。』の文字が並んでいた。
「あっ……これ、いつも通り、かも」
私はいつも、こうやって悩んだ結果、メッセージを取り消すことがある。というか、大地に言わせるとそれがとにかく多い。だから、これはある意味私らしい、といえば私らしかった。
「で、でも、ちゃんと考えたほうがよさそう……。刑事さんに、電話してみようかな」
私は、もらった名刺に書かれていた電話番号に、自分のスマホから電話をかけた。
『……もしもし。八代です』
「あ、あの、昨日の高峯です、おはようございます」
『あぁ、高峯さんですか。おはようございます』
「えっと。実は、送るメッセージに悩んでしまって。ただ、今送った後、取り消しちゃったんですけど、それは多分、私っぽくて。でも、これ以上、何を送れば良いのかまったく浮かばなくて困っていて……」
私は正直に、今の状況を伝えた。
『わかりました。お聞きしたいことも増えましたので、そちらへ伺います。着いたら電話しますので、それまでは部屋から出ないようにしてください』
「は、はい。あ、ち、ちょっと、お腹が空いてしまって……。朝は、無料のバイキングがあるみたいなので、それは食べても良いですか?」
『それくらいなら、大丈夫ですよ。ただ、危険は避けたいので、ホテルからは出ないでください。食べ終わったらすぐ部屋に戻って、鍵も閉めてくださいね』
「はい!」
電話を切る。安心したからか、私のお腹がぐぅぅと鳴った。
こんなときでも、朝ご飯は美味しかった。久しぶりに、ホテルのご飯を食べた気がする。美味しいものは、どんなときでも美味しいらしい。
お腹がいっぱいになったら、気持ちも満たされて元気も湧いてきた。我ながら自分の単純さに笑ってしまうが、今は大事なことだと思う。
私はまだ、これからやることがある。そのために、しっかりしなければいけない。
食べ終えても、八代さんから連絡はなかった。先に部屋に戻り、しっかりと鍵をかける。
「……大地から、何か来てるかな?」
食事中、スマホは見なかった。気になったが、返信が来るのも怖かった。
「……きてない、か」
八代さんと話す前に、と思って見てみたが、やはり大地からの返事はなかった。『メッセージを取り消しました。』に、既読はつかない。だから、見たのかどうかも、私にはわからなかった。
「とりあえず、次のメッセージは、ちゃんと考えなきゃ」
私は覚悟を決める。ぐっと力を入れるだけで、ほんのちょっとだが、強くなれる気がした。そして、こちらから連絡を入れようかとスマホを手に持ち直したとき、電話がかかってきた。
「もしもし! 高峯です!」
大きな声が出てしまった。咳払いして落ち着く。
『八代です。お待たせしてすみません』
「いえ、私もさっき、食べ終わったところで」
『ロビーに着きましたので、すみませんが降りてきていただけますか?』
「わかりました、すぐいきます」
私は電話を切って、スマホを握りしめたままロビーへと向かった。
「お待たせしてすみません!」
「いえいえ、こちらこそ。昨日はよく眠れましたか?」
「恥ずかしながら、お風呂に入って、気が付いたら眠っていました……」
私は笑って言った。
「いろいろありましたから、疲れたんでしょう。どうぞおかけください」
「はい」
促されるまま、私はソファに座った。ゆっくりと、身体が沈んでいく。
「飲み物でも頼みましょうか。すみません!」
八代さんはアイスコーヒーを、私はアイスティーを頼んだ。
飲み物が来るまで、沈黙が続く。意図したわけではないが、何となく気まずいと言うか、何をきっかけに喋れば良いか、わからなかった。
「まずは、そちらのメッセージから、お聞きしても?」
「はい」
「何か、相手からは来ましたか?」
「いえ、特に連絡は来ていません。お電話で言った通り、私も送りはしたんですが、慌てていたのでメッセージがちゃんとしてなくて。すぐに取り消しちゃいました。でも、私っぽいと言えば、私っぽいので……」
八代さんが頷く。
「なるほど、では問題はなさそうですね?」
「はい」
私は、今朝送ったメッセージの画面を八代さんに見せた。
「これが、今朝送ったものです。『メッセージを取り消しました。』は、見ていたとしても、既読がつかないんですよね。だから、読んでいるのかどうかはわからなくて」
「十分ですよ。それに、送っても不安になれば取り消せる、と言うのは、正直強いです。どんな言葉が、相手の琴線に触れるかわからないので」
八代さんは、画面を見ながら頷いていた。
「どうにか、会えるようにメッセージを送れませんか?」
「会うんですか?」
「えぇ。お話を聞きたいなと思いまして」
「それなら……」
私はまた、文面を考えた。いっそのこと、ストレートに『会いたい』と送るのも、悪くないかもしれない。
「……これでどうでしょう?」
画面を見せる。私は『会いたいんだけど』と打った画面を見せた。
「また、ずいぶんストレートですね」
「これくらいのほうが、びっくりして見てくれるかなと思って」
私はそのまま、送信ボタンを押した。
「あ、でも、私っぽくないかも!」
慌てて送信を取り消す。
「いつもこう、彼氏に合わせているので……違うほうがいいかもしれないですね」
私は、八代さんとメッセージを考えながら、大地にメッセージを送った。結果、何度かやり直して、最終的に送ったのは『今日、何してる? 昨日話した、買い物のことまだ覚えてるかな? 会えたら嬉しいな』だった。
「返信きますかね……」
そう言ったとき、画面に変化が訪れる。メッセージの横に『既読』の文字が付いたのだ。
「あっ! これ、見ましたよ絶対!」
私は興奮気味に、八代さんを見た。
「そうですね、次は、このメッセージに、返事が来るかどうか」
そこから、十分、二十分、三十分……。時間は過ぎていくが、一向に返事は来なかった。
「来ませんね。……何で返してくれないんだろう?」
ふぅ、と息を吐く。何気なく見ると、八代さんは涼しい顔をしていた。刑事としてはよくあること、なのかもしれない。
目の前の、アイスティーが減っていく。八代さんの聞きたいことに答えていくが、その間も、返信はなかった。
「もう一度、送ってみてもいいですか?」
「えぇ、お願いします」