第28話:返事を待つ

夕闇にて君を待つ

 私は、しびれを切らして、もう一通送ることに決めた。
『今家にいる? 迎えに行こうか?』
 すぐに送った。今度は、打ち直しなしだ。
「それで、様子を見てみましょうか。彼がメッセージを見ていることはわかりましたし、何かに悩んで返信を躊躇っているだろうことも、わかりましたから」
 それもそうか、と、私はスマホをテーブルに置いた。メッセージ画面は、開いたままにしてある。既読が付いても、すぐにわかるように。
「……あ。ちょっとすみません。……八代です。えぇ、はい……」

 このタイミングで、八代さんに電話がかかってきた。事件に関係のあることかと、つい聞き耳を立ててしまう。
「……はい。じゃあ、引き続きそこで張り込みを。こちらで探せないか、やってみます。はい、では失礼します」
 真面目な顔のまま、八代さん亜は電話を切った。
「あの、今回のことに、関係ある話ですか……?」
 様子を窺うように、私は八代さんを見た。関係があるのなら、教えてほしい。

「彼氏である幸村大地さんは、家にはいないようですね。訪ねてみましたが、留守のようです」
「そうですか……」
「どこか彼が行きそうな場所に、心当たりはないですか?」
「……すみません、わからないです。あんまりその、普段行く場所、彼って話したりしないので」
 何も知らない私。力になれないのが歯痒い。
「あ、でも、昨日行ったお店なら」
 私はスマホの地図アプリで、昨日行ったお店を表示した。
「ありがとうございます。ここでも、話を聞くべきかもしれませんね」

 このお店にいたとき、まだ事件は起こっていない。
 あまり、関係ないのだろう。
「はぁ」
 溜め息も出る。
 返ってこないメッセージ、誰もいない家、昨日のケンカ。私の考えは、嫌なほうへ進み続けている。

 アイスティーは底をつき、氷も溶けかけて段々と小さくなってきた。ただ無常に時間だけが過ぎていく。
「もう一通、送ってもいいですか?」
 あまりに来ない返事に耐えかねて、私は三通目を送る決心をした。今度は下手に、ケンカをしてしまったときの、私らしく。
『仲直りしたいんだけど、だめかな?』
「よし、これで!」
 送信して、私は祈るように上を向いた。

「……いつも、こんな感じなんですか?」
 八代さんから、質問が飛んで来る。
「機嫌が悪いと、返信が来ないことは多いですね。でも、だからと言って、こちらから送らないでいると、余計機嫌が悪くなっちゃうんで……」
「そういう方なんですね」
「あはは、えぇ、まぁ」
 その言葉に込められた意味が解らなくて、私は適当に返事をした。

「……あっ! これっ!」
 私は、スマホの画面の変化を見逃さなかった。さっきまでなかった既読の文字が、いつの間にかついていたのだ。このメッセージも、さっきのメッセージも、大地は見ている。
 ちゃんと、見ているのだ。
「また既読が付いた、ということは、今度こそ返事が来るかもしれませんね。待ちましょう」
「はい!」
「すぐに既読を付けるのも、今回はあまりよくないですね。一旦、ひとつ手前の画面にしておきましょうか」

 言われるがまま、友人の名前が並んだ画面へ戻る。そして、 期待しながら、大地の返信を待った。それは付き合い始めたころの、ドキドキと似ている気がした。今も返事の有無にはドキドキするが、楽しみでというよりも、心臓に悪くて、のほうが近い。同じドキドキでも意味が違うのだ。私の今のドキドキは、前者のドキドキだった。
 ……ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
 テーブルの上で、スマホが震えた。同時に、画面に通知として、メッセージが表示される。

「きた! きました!」
「よかった! ……これは、開かなくても見られそうですね?」
「はい。えーっと『俺が悪かったよ、今、どこにいる?』って。……珍しい、大地が悪かった、なんて」
 普段なら絶対にあり得ない。そう言い切れるくらいには、珍しい言い方だった。
「まだ、このままにしておいてください。仲間に連絡して、動けるようにしますから。ここにいてくださいね、電話してきます」
 八代さんは、そう言って席を立った。言われた通り、私はソファで八代さんが戻ってくるのを待つ。
「きた、返事……ほんとにきたんだ……」
 心臓の音が、今にも聞こえそうだった。ドクドクと流れる血が、私の意識をより鮮明にしていく。

 八代さんは、ニ十分ほど電話して、私の元へ戻ってきた。
「お待たせしました。ここから、こちらが主導権を握れると良いのですが……。まず、あと十分ほど、そのままにしておいてください。もし、相手からメッセージが来ても、返信はしないでくださいね。そのあとで、一度メッセージを送って、すぐに取り消してください」
「送るメッセージは、何にしますか?」
「そうですね……何でもいいんですが、見られたときの場合を考えて『私が悪かった』とか『お詫びをしたい』とか、その辺りの言葉でお願いします。その後は」
「すぐに取り消し、ですね」

 頷く八代さんと視線を合わせ、私も頷いた。十分待ってから『ううん、私が悪かったの。本当にごめんなさい。』と書いて送った。既読はついていない。そしてすぐ、取り消しする。いつもの私らしい『メッセージを取り消しました。』の完成だ。
「できました」
「ありがとうございます」
「既読が付かなかったので、多分見てないですね。見るなら次の、取り消しのほうかな」
「では、また同じように、メッセージを送ってもらえますか? ……彼と、会えるように」
 もちろん、私はそのつもりだ。
『ううん、私が悪かったの。本当にごめんなさい。だから、どうしても私、お詫びがしたくて』
 さっきの文面に、もう一文追加した。より、反省して見えるように。
 送って、しばらく時間を置く。すると、既読の文字がぽんっと表示された。

『どうかな? 今日、まだ会えるかな?』
 続けて、もう一通送った。 こちらも、すぐに既読が付く。
「待ちますね」
「えぇ」
 大きな仕事に手をかけた瞬間、そんな気がした。今、私は私として、メッセージを送っている。それなのに、どこか自分じゃない気がした。それに、真面の向こうにいるはずの大地も、どこか薄れてしまいそうな、そんな気持ち悪さがあった。

「そういえば、着替えを取りに行けていないですね。申し訳ないです」
「あ、大丈夫です。お風呂あがりは、置いてあったパジャマに着替えたみたいなので。疲れてたからか、あんまり覚えていなくて」
 ははは、と笑いながら、私は答えた。今着ている服は、昨日着ていた服と同じだ。他になかったから、仕方なくこれを着ている。

「……そのほうが、都合がいいかもしれませんね」
 そういって、もうほとんど入っていないグラスの中身を、八代さんはストローで吸った。ズズズ、と音を立てて、ストローの中がまだらに染まっていく。
 私は、今の言葉の意味を、聞くことができなかった。視線を合わせないまま、私も底に溜まった、紅茶味の氷水をストローで吸う。
 ……ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
「んっ!」
 スマホが鳴った。大地であることを祈りながら、画面を覗く。
「きました、返事。開いても良いですか?」
「えぇ、お願いします」
 指先で一回、メッセージの最初を押す。

『いや、俺も悪いから、俺が会いに行くよ。紗季、今家にいる?』
「どうしますか? これ」
「なるほど……。一度、こちらが向かうと言ってもらえますか? それから、今どこにいるのか、と」
「はい」
 次に送る文面を考える。『そんな、私が悪いのに。来てもらったら、申し訳ないよ。私が会いに行くから。大地は、どこにいるの? 家?』と打ち込んで、八代さんに見せる。
「それで行きましょう」

 ゴーサインをもらい、私はそのままメッセージを送った。
 すぐに既読はついたものの、まだ返事はない。スパンを考えれば、まだ来ないのはわかっている。だが、つい少し期待してしまう。


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