「現場検証が終わったら、家の中を確認していただけますか? 自分も同行します。物には、触らないように」
「わかりました。……あの、スマホに問題がなかったら、返してもらうことって可能ですか? もし誰かから連絡が来ていたら、返しておきたいので」
「善処します」
そう言って警官は頭を下げると、私の家のほうを向いた。
――それから、どれくらい時間が経ったのだろう。パトカーの明かりに寄せられて、野次馬が増えていた。規制線の向こうに、人だかりが見える。
「お待たせしました。一度、確認をお願いします」
「わかりました」
私は警官とともに、自分の部屋へと向かった。
「これを履いていただけますか?」
渡されたのは、ビニールの何かだった。靴のまま入る代わりに、靴の上にこれを被せるらしい。
ドラマみたいだな……と思ったが、口にするのはやめた。私は言われるがまま、家の中に入る。
「うっ」
「まだ臭いますよね。マスク、要りますか?」
「いえ、大丈夫です」
少しはマシになっていたものの、あの臭いはまだ、部屋の中から消えていなかった。嫌でも、ここであったことが連想される。
「この状態ですが……家を出る前と、今とで、気になることや、変わったことはありませんか? 些細なことでも構いませんから」
そう言われて、私は辺りを見回した。そこでふと気付く。
「私、今日はキッチン使ってないんですけど。リンゴがある? 包丁も」
「……被害者か、犯人が出した可能性がありますね」
「えっと、中に入るべきですか?」
「お願いします」
私は、警官がドアを開けているリビングへと足を踏み入れた。
「遺体は運び出しました」
「です、よね」
見たことがある、あの番号の振られたプレート。証拠や痕跡の合った場所にドラマでは置いていた。そして、それを写真に撮るのだ。今はもう、電気が点いていて、よく見るとそこら中に血が飛んでいた。乾いていて、黒ずんでいるが、妙な迫力と生々しさはある。
「あ、スマホ!」
私のスマホは、まだ充電器に挿したままだった。
「中身、確認してもいいですか?」
「先に、部屋の中をお願いします」
「すみません……」
気を取り直して、引き続き部屋の中を見る。大地とお揃いのマグカップが、テーブルに置かれていた。今日は使っていないのに。それに、ところどころ荒らされていて、物が散乱していた。ストーカーが、私の私物を持って行こうとした、そんなシナリオにも見える。
「クローゼットも見たほうが良いですか?」
「はい。何かなくなっているものはありますか?」
私は、半分開いていたクローゼットを開けた。
「あ。ない」
「何がですか?」
「あの、私の彼氏の服です」
「彼氏さんの?」
「たまに泊まるので、ここに置いていたんですけど。見た感じ、一枚もないかも?」
今日、大地が泊まる可能性も考えて、一か所にまとめていた。バラバラになっていると「だらしがない」と、怒られるから。
「他に、彼氏さんのものは?」
「えっと、食器と歯ブラシとか、あとは何だろ……。見にいってみます」
私はそう宣言して、キッチンへ戻る。
「マグカップないな……私のはあったのに」
いつもの位置に、マグカップはなかった。しまうときは、私と大地のを一セットにして、食器棚にしまっているのに。片方は外に出ていて、片方は見当たらない。
「あとは、歯ブラシ」
次は、洗面所だ。コップもお揃いで並べて置いてある。その中にお互い、歯磨き粉と歯ブラシをセットで入れていた。
「ない、ですね」
「彼氏さんと会ったのは?」
「今日のお昼ごろです」
私は、ようやく今日の出来事を、警官に語った。
午後まで、彼氏と一緒にいたこと。
本当は、一日一緒にいる予定だったが、その彼氏と些細なことでケンカして、そのまま現地で別れたこと。
一度家に帰ったが、その時点では異変もなく、誰も家にはいなかったこと。
そのあと、しばらくして友人から連絡がきて、一緒に出掛けたこと。
ショッピングモールで、友人と夕飯を食べ終えるまで過ごしていたこと。
そこから帰った後、あの遺体を見つけたこと。
驚きの中、警察へ電話をかけたこと。
「なるほど、では、そのご友人のお名前と、彼氏さんのお名前、教えていただけますか?」
「はい。友人が……」
私は二人の名前を伝えた。
「由那さんのほうは、連絡きていますね。この方ですか?」
私のスマホを触っていた、警官の一人に聞かれた。通知のきているアイコンは、間違いなく由那のもだった。見えている内容も、最後まで予想が付く。
「そうです! 多分、スマホを忘れた話をしたし、彼氏とケンカした話もしたから、心配して連絡をくれたのかと」
警官は、何やらまた、難しい顔をしていた。通知を見せてくれたが、案の定と言うか、当然というか、大地の名前はなかった。……なくてよかった。連絡がきていても、返信できないから。
「ちょっとだけ、返信してもダメですかね……?」
もう一度聞いてみる。通知は大したものもないし、警官が見ている前で触る。それなら問題ないはずだ。
「高峯さん? まだ、何か?」
きっと、私が難しい顔をしていたのだろう。警官がこちらの顔を覗く。……私は、気付いてしまったのだ。
「あの、これ、画面つきっぱなしでした?」
「えぇ。ロックは解除されていましたよ」
もしかして、ロックを解除したまま私は放置していたのだろうか。最近、料理をするときに不便だから、自分で操作しない限り、ロック画面には戻らないようにしていた。そういえば、私が中へ入ったときも、画面が光っていたっけ。
私がつけっぱなしにした可能性もある。しかし、あそこで倒れていた被害者なら、もしかして……。
「もしかしたら、犯人か被害者が、触ってるかもしれないです……」
できれば、言いたくなかった。これを言ってしまったら、スマホが戻ってこない。そう感じたからだ。しかし、言わないわけにはいかなかった。もし、犯人が触っていたら、指紋が残っているかもしれないし、被害者が触っていたら、犯人に繋がる痕跡があるかもしれない。
「おかしな部分がないか、確認してもらえますか?」
「はい!」
段々慣れてきた。スマホをもらい、一つひとつ確認していく。といっても、難しいことはしない。まずは、使っていたアプリ。タスクの落ちていないアプリを、順に開いていった。自分が使ったとき、最後はどの状態だったか、できるだけ思い出す。
暇つぶしのゲーム、お店の情報を見るための地図アプリ、由那としていたメッセージのやり取り。
「あ……」
私は、チャットアプリを開いて気付いた。最後に連絡を取ったのは、由那だ。それなのに、開かれているのは、大地のページだった。
「あの、私、このメッセージ、送ってない、ですね」
思わず言葉がたどたどしくなる。画面には、見覚えのない『メッセージを取り消しました。』の文字。
正確には、この文字自体は非常によく見るものだ。私は、メッセージをよく取り消すから。けれど、最後に大地と連絡をとったとき、私はメッセージを取り消していない。つまり、誰かが勝手に送って、勝手に取り消したということなのだ。
現に、私自身が最後に送ったと思っているメッセージは、その上にちゃんと残っている。
そのまま、メッセージ画面を隣の警官に見せる。
「この『今行くね!』は、私が送りました。でも、それ以降の『メッセージを取り消しました。』は、私じゃありません。ケンカしたので、何も送っていないんです。送ってもいないし、取り消してもいません」
「では、このメッセージを見て、彼氏がここへ来た可能性はありますか?」
「……ゼロではないかな、と思います。相手が私のことを、心配したり気にかけてくれていたら、ですけど……」
眉間にしわが寄る。予防線なんか張らずに「彼なら心配して、絶対来る!」と言い切ってみたかった。
「すみません、朝早くの連絡になるかもしれませんが、明日また、ご協力願えますか?」
「大丈夫です、何でも言ってください」
「ありがとうございます」
「あのー!」