第19話:自分の時間

夕闇にて君を待つ

 よく考えなくとも、友達と会う日も大地とのデートに譲ってきた。彼は、いつも突然予定が決まる。忙しいことは重々承知しているが、毎回なのだ。それに、私が予定を合わせる。それが、暗黙の了解になっていた。
 それなのに、大地が私との予定を上書きするときは、悪びれもしなかった。当たり前のようにキャンセルしてくる。
 一度それで大ゲンカになった。私もかなり無理をして、その日を空けたからだ。珍しく私も反論した。
 結果はこの通りだ。私が、大地の予定に相変わらず合わせている。

 正直「別れれば良かった」と、思うときもある。でも、確かに、彼と一緒にいて楽しいときもあるのだ。優しさを感じることもある。
 友達から「別れなよ」と言われたら、ついむきになって彼の良いところを探すし「本当に、彼のこと好きなの?」と聞かれたら、彼の好きなところを探す。
 駄出しされても、必死に直そうとするし、顔色はいつも窺っている。
 私のためだと、親身になってくれていると、そう自分に言い聞かせて。
「あれ? なんか、私……」
 よくない気持ちが溢れそうになって、私は慌てて違うことを考えた。

 それにしても、こうやって友達と二人で会うのは、どれぐらい振りだろうか。
 みんなで忘年会をして以来……かもしれない。その日はたまたま大地も忘年会で、予定を入れることができた。おかげで、ものすごく楽しい時間を過ごせたことをよく覚えている。
「ふふふっ、楽しみ!」
 私の準備が終わるころ、由那から『もうすぐ家に着くよ! 焦らなくていいからね、準備が終わったら教えて』と、メッセージが届いていた。
「……大地も、これくらいの気配り、できたらいいのに」
 どうしようもないことを呟いて、私は由那に『もう準備終わる! 外行くね!』と返信した。
 メイクがおかしくないか、服が変じゃないか、鏡で確認する。
「よし! オッケー!」
 私は急いで、由那の待つ、彼女の車へと向かった。

 由那は、車の中にいた。
 コンコン――
 私は窓をノックする。すると、由那が指で助手席を指した。「乗って」と言うことだろう。

「お待たせー!」
「久し振り紗希! 急にごめんね」
「全然! 私も今日、実は急に暇になってさ。ちょうどよかったの」
「あれ、そうなの? よかった! 突然だったからさ、ダメ元だったんだけど」
「予定なくなって、ちょっと寂しかったんだよね。声かけてくれて嬉しい」
 お互いほっとする。このやりとりが、相手を気遣っているようで、妙に安心できた。
「どうする? どこ行く?」
 由那が私に聞く。
「何か食べたいものある? カフェか、後はちょっと、買い物でもどう?」
「いいね! お腹空いてる?」
「うーん、ちょっとまだ、空いてないかも」
「じゃあ、買い物してから、カフェ入ろうよ!」
「そうしよ!」

 そうだ、こんな感じで良いのだ。
 ここから、少しずつやることを詰めていく。お互い意見を出し合って、予定を決める。
「紗季って、アレルギーとかあったっけ?」
「私は何もないよ。好き嫌いも特に。由那あったっけ?」
「私もない。じゃあ、NGは考えなくて良さそうだね」
 さくさく予定が来まる。これが大地だったら「どこでもいい」「何でもいい」だ。提案しても「それはちょっと」とか「そこじゃない店がいい」とか、選択権をこちらに委ねたくせにとにかく一言多い。
 それでも、何とか場所を決めると、一応ついてきてくれるのは嬉しかった。が「お前ってほんと、こういう店好きだよな」とか「またこういう店かよ。たまには違う店選べよ」みたいなことを言われる。
 だから、そういうやりとりがあまり好きじゃなかった。

「私、行きたいショッピングモールあるんだけど、そこ行ってみてもいい?」
「もちろん!」
「新しくできた、駅の近くのところなんだけど」
「あ、あそこ? ちょっと距離あるよね? 運転、疲れない?」
 私は運転しないから、どれくらい疲れるかはわからない。けれど、私だったらきっと、神経をすり減らしてしまう。だから、こういうことはちゃんと聞いておきたい。
「あ、全然気にしないで。私、運転好きだからさ」
「ごめんね、ありがとう!」
「いいのよ、それに、私が誘ってるんだし」
「めっちゃ助かる」
 後で、コーヒーの一杯でも奢ろう。確か、由那はオーツミルクのカフェラテが好きだった。それはちゃんと覚えている。

 ……つい、由那と大地を比べてしまった。私は免許を持っている。だが、運転はできない。ペーパードライバーだ。しかも、ゴールド。ある意味、お墨付きの初心者である。
 それを知っていて、由那はそう言ってくれている部分もあると、そう思っている。
 比べて、大地は「助手席は楽でいいよな」「俺ばっかり運転して」と言う。
 本人は、冗談のつもりらしい。なぜなら、顔が怒っていないから。なんなら、笑っている。笑いながら言うのだ。
 そう言われると、何も言い返せない。運転しないのは本当だし、車は大地に頼っている。だから「たまには電車で行こう」と言うけれど、いつも却下される。どうしてなのか、私にはわからない。

「あれ、紗希、香水変えた?」
 不意に、由那が言った。
「あ、うん」
「最後に会ったとき、違うのつけてたよね?」
 その一言が、胸に刺さる。
「……すごい、よく覚えてるね」
「私、そういうの好きでさ。よくアロマとかお香とか、集めてるのよ」
「そうだったんだ」
「だから、ニオイには敏感なほうかな、って思って。同じような子には、香水プレゼントしたりするから、つい気にしちゃうんだよね」
 なるほど、と思った。それなら、よく覚えているのもわかる。
「いい匂いだね。私好きだな、バニラ?」
「うん。……でも、今日はこれで、彼氏とケンカしちゃって」
「え?」
 驚いたのか、急に由那がこちらを見た。
「あっ! 前、前!」
「あああ、ごめん!」
 慌てたようで、由那はすぐに前を見た。その光景に、少し笑ってしまう。

「あ、でも、大したことないよ! ちょっと言い合いになって、私がお店から出てっちゃっただけだから……」
「お店から出てくって、なかなかのことだと思うよ?」
「そうかな」
「……よし! じゃあ今日は、紗希の話も聞かないとね!」
「あはは、ありがとう!」
 くすくすと笑い合いながら、私たちは近況を話し始めた。――これが、すごく楽しい。楽しくて仕方がない。久し振りに、声を出して笑った気がする。
「そういえば、スマホも変えたんだ、最新」
「えー、いいじゃん!」
 私はスマホを出そうと、バッグに手を入れた。
「……あれ?」
「どうした?」
 がさがさと、中を漁る。が、どこにもスマホが見当たらない。
「あれ、おかしいな」
「もしかして」
「……スマホ、忘れたかも」
 何度も中を確認して、それから告げた。やってしまったらしい。
「えっ、戻る?」
 最後に触ったのは、家の中だ。由那にメッセージを返信するとき。そのとき、確かスマホは充電してあって……。
「やば、充電器に差しっぱなしな気がする」
「取りに戻ってもいいよ?」
 ポケットも確認するが、やはり入っていなかった。しかし、ここまできて、戻るのは流石に申し訳ない。
「ううん、大丈夫。ま、滅多に連絡も来ないし。このまま行こ」
「本当にいいの?」
「いいのいいの!」
「わかった」

 ちょっとしたトラブルはあったものの、ショッピングモールに着くころには、私たちは旧友のように並び合って大声で笑っていた。
「あー、やっぱり会ってないと、その期間色々あるよね」
「ほんとそれ!」
 由那の言いたいことは、よくわかる。なんなら私も、そう思っていた。
「とりあえず、ぐるっと回って見る? 気になるお店あったら教えて」
「うん。由那もね」
「もちろん!」

 新しくできただけあって、内装はまだまだきれいだ。それに、見たことのないお店が多く、つい全部のお店の前で立ち止まってしまいそうになる。それくらい魅力的だった。

「最近、服買ってる?」
「ううん、なかなかタイミングがなくて」
 由那の問いに、私は首を振った。
「通販しないの?」
「小物とか、雑貨はするんだけどね。服は、試着したいなって思うから」
「たまに、サイズ思ってたのと違うとかあるよね」
「あるある。裾長いとか短いとか、着丈とかさ」

 何でもない会話。これも楽しい。大地は、あまり話を聞いていないから。返事はしてくれるけど、返事だけだ。耳には入っていない。
 自分の話はよくするし、聞いていないと「聞いてた?」と聞くけれど、私が聞くと不機嫌になる。だから、聞けない。正確には、前は聞いたが、もう聞くのをやめた。


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