私たちは、お互い気になるお店で試着をしながら、いくつか購入した。意見を聞けるのもすごく嬉しい。
ただ似合う似合わない、自分は好きじゃないだけでなく、由那はちゃんと「この色よりも、この色のほうが映える」とか「普段着る色だと、この色のバッグのほうが使い勝手がいい」とか、そういうところも気にしてくれた。靴も、ヒールの高さやクッション性、それに装飾の有無も考えて一足買った。勿論、アドバイスを参考にして。
「満足」
「よかった!」
買い物が長くなっても不機嫌にならない。ニコニコして次に向かうことができる。それが、どれだけ気持ちが楽か。
「あ、あそこのカフェでいい?」
由那が指さしたのは、初めて見るカフェだった。テイクアウトもイートインも、どちらもできるタイプ。オシャレだが、気軽に入れそうだ。なんなら、私好みで嬉しい。
「うん! 空いてるね、助かる」
先に席を決めて、私たちはレジに並んだ。そして二人一緒に注文し、番号が呼ばれるのを席で待った。
「でも、いいの? 奢ってもらっちゃって」
「いいのいいの! ここまで運転してもらったし!」
「そんな大したことないよ! ありがとね!」
これくらい安いものだ。わざわざ、車を出してくれたのだから。
「『113』番の方ー」
「あ、取ってくるね!」
私は席を立った。
「113です!」
「お待たせいたしました、オーツミルクラテと、抹茶ラテになります。どちらもアイス、Lサイズですね」
「はい、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
私はぺこりと頭を下げて、トレーをテーブルまで運んだ。
「はい、お待たせ」
「ありがとう! 紗希、好きだよねぇ、抹茶」
「うん。でも、外で飲むのは久し振りかも」
「そうなの?」
私は、苦い顔をした。なぜ? と思われても仕方ない。私は友人と出かけるときは、例外なくいつ、抹茶系のドリンクを頼んでいたからだ。由那の前でも、いつも抹茶を頼んでいたと思う。
「……彼氏がさ、さっと頼んじゃうから」
「え、好きなもの頼めないの?」
「メニュー見てると、余計な時間がかかるし、払うの俺だから……って」
「何それ、怖っ。もう、由那が払っちゃえば?」
「そうなんだけど、私が払おうとしたり、別で頼もうとするとさ、怒るんだよね」
「意味がわからない」
由那の反応は、新鮮に見えた。私は慣れすぎて、それが当たり前になっていたから。
別に、全額大地が払っているわけではない。私が払うときも、同じように大地が頼んで私は支払いだけなのは、何となく今由那には言えなかった。
それに多分、大地は抹茶が好きではない。あからさまに態度に出すその前で、もう一度飲む勇気は私にはない。
「ささ、ゆっくり話そ?」
前のめりになる由那。
「いやいや、先に由那のほうでしょ。そのために、今日来たんだから」
「えー、嬉しい。じゃあ、話してもいい?」
「全力で聞くからね!」
由那は本当に、彼氏と別れていた。付き合いは長い。私が思ったくらいだから、由那はもっと「もうそろそろ、このまま結婚するだろう」と、思っていたんじゃないだろうか。
周りから急かされて、ケンカが多くなってしまったらしい。そろそろ結婚を……と思う由那と、まだ早いんじゃないか、と思う彼氏。私は、由那の気持ちがよくわかる。女性だから、どうしても子どものことを、考えてしまうから。年齢はどうしようもないし、若いころには戻れない。
年を重ねてから「やっぱりあのとき」と、後悔する可能性だってある。
「子どもの話もさ、あんまり伝わらなくて」
「それはさ、聞いてほしいよね! だって、時間なんて、過ぎていくしかないんだから。『もっと早く、結婚すればよかった!』って、思いたくないよね」
今度は私が前のめりになる。
……私だって、結婚を考えて、マッチングアプリをしていた。付き合ってみないと、わからないことも多い。だから、最初にいいなと思った、大地と付き合った。何人か会ったが、しっくりこなかったのだ。
もっと、時間をかければよかったのだろうか。なぜ大地が良く見えたのか、その記憶も消えかかっている。
結果、多分私たちは合わない。私は言いたいことが言えなくて、フラストレーションが溜まっているし、大地は忙しいから、話し合う時間も取れない。このままだと、私が我慢して一生を送る未来しか見えないからだ。
「でも、きっとよかったんだよ、別れてさ。だって、このまま結婚しても、毎回話し合いに逃げ腰でも困るでしょ?」
力強く、そう由那に伝える。不本意だったかもしれないが、別れたことにも意味がある、そう思ってほしかった。
「……そうだよね、うん。毎回ケンカもしたくないし、神経すり減らすのも嫌だよね。一緒に住んだら、逃げる場所もないし……」
「うんうん。そうだよ!」
大きく私は頷いた。
「むしろさ。「早く別れが決まって良かった!」くらいの、軽い気持ちでいいと思うよ。だって、他にも男の人は、いっぱいいるんだから」
「あははっ! まさか、紗季の口からその言葉聞くなんて、全然思わなかった」
「あれ? そう?」
「だって、あははっ。「いっぱいいる」って、紗季は言いそうにないからさ。意外だなって。でも、そう言ってもらえるの、すごい嬉しい」
つぼに入ったのか、由那はずっと笑っている。その姿を見て、私は元気になって良かったと、同じように笑った。
「付き合いが長かったぶん「次の人見つけるの大変だよ」とか「逃しちゃって勿体ない」とか「根気が遅れた」とか、みんな言いたい放題だったからさ」
「え? それちょっと酷い」
別れて落ち込んでいる人に、かける言葉じゃないと正直思う。
「なんかちょっと、楽になったかも」
「それなら嬉しい! やっぱりさ、話したほうが、楽になるよね。スッキリするし」
「じゃあ、次は紗希の番!」
私の飲む抹茶オレは、いつの間にか半分になっていた。からからと氷を鳴らして、私はストローでかき混ぜる。
「……うん。実は、今日ね……」
私はつらつらと、今日あった出来事を話した。
彼氏の仕事が忙しくて、今日久し振りのデートだったこと。
気合を入れて、彼の好きな服を着ていったこと。
彼氏が、行きたかったお店を予約してくれていたこと。
珍しく、二日連続で会う約束をしていたこと。
でも、彼氏はそれを覚えていなかったこと。
SNSの話で、少しすれ違ってしまったこと。
心配してくれたことに、素直になれなかったこと。
私の好みの香水が、彼氏の苦手なニオイだったこと。
好きになってほしい、そう思ってした行動が、裏目に出てしまったこと。
そのままケンカになって、彼氏を置いて、店を出てきたこと。
用意したプレゼントが、駄目になってしまったこと。
「なるほどねぇ」
由那は、否定も肯定もせずただ相槌を打って、私の話を聞いてくれた。
これが大地だったら「それはでも」とか「別にそれくらい」「これが良くない」と、途中で入ってきただろう。そして「俺だったら」と前置きして、自分の話にすり替わる。
そのままうやむやになって、私の意見は空気になり、溶けてなくなっていく。
そのまま、ずっと。大地の話が、彼の気が済むまで続くのだ。
私はただ、彼の話に相槌を打つだけの、人形になり下がる。
「紗希、彼氏と相性、合わなさそうじゃない?」
ずばり、自分でも思っていたことを、由那に言われてしまった。
「……うん。ちょっと最近、思ってたんだよね」
そして今日、その気持ちは、明確なものになった。
私は大地と、性格が合わないのだ。
「何でも決めてくれるのは、まぁ助かる反面、お互い苛々するときがあるんじゃない?」
「そう、かな」
「だって、こっちは「どうして勝手に決めちゃうの?」ってなって、相手は「何でいつも俺ばっかり決めるんだよ」ってならない?」
よくわかる、その通りだ。
会うと楽しい反面、それが苦痛になるときもある。
「苦手なものを忘れられてて、悲しい気持ちはわかるかな。……でも、珍しいね? 紗希、そういうの、よく覚えてるほうじゃない?」
自分でも、そう思っていた。友達や家族の好き嫌いは、よく覚えている。
「自分でも、なんでだろう? ってなって。だから、よく考えてみたのね。やりとりも見返して。でも、ないなって思って、そしたらぱって思い出したの」
「前に聞いてたんだ?」
「うん。……でもその、付き合う前だったからさ……」
「あれ、そうなの?」
「まずは顔合わせでも……みたいな感じで、彼氏とは最初会ったのね。そのときは、まだ付き合うとか考えてなくて。でも、今思えば、そのときに好みの話、した気がする」