俺は、彼女のアカウントを探した。いつもの手順だ。フォローしていないから、まずは検索する。と言っても、何度も見ているから、検索履歴としてすぐに出てくるのだが。
「そうそう、これこれ」
アカウント自体はある。つまり、俺が昨日覗いていたことは、彼女にはばれていないということだ。もしばれていたら、鍵をかけるか、アカウントを作り直していると思う。
最後に見たのは、昨日。そう、ちょうど、彼女とデートをしているときだ。彼女が、トイレに行っているタイミングで、俺はこのアカウントの投稿を見ていた。
「ええっと……」
緊張しながら、彼女のアカウントのアイコンをタップする。最初に表示される、彼女のヘッダ画像、それにアイコンとプロフィール。フォロワーとフォローの数。そして、固定されたお気に入りの写真。その下にあるはずの、最新投稿。でもそれは、俺が既に昨日、見たもののはず。
「あっ」
何もないことを期待したのに、新しい投稿は存在していた。
心臓が、ぐっと握り潰されるように痛い。ここにあるのは、俺が最後に見た投稿ではなかった。
「あ、いや、待てよ?」
最後の投稿に載っていたのは、俺のマグカップだった。昨日、俺が持って帰ってきた、お揃いのマグカップ。
時間は、彼女が怒って帰った後、俺が彼女の家へ行くまでの間。
それ以降の投稿は、一回もなかった。気になって、ほかのユーザーに対しての、リプライがないかも確認した。誰かの投稿を、拡散していないかも確認した。でも、どちらもなかった。
「は、はは」
身体の力が一気に抜けた。同時に、目に涙が滲む。
「何だ……やっぱり、死んでんじゃん……」
この時間から今の今まで、一回も投稿していないなんて。彼女ならあり得ない。
やっぱり、彼女から届いたメッセージは、偶然が重なった結果だったのだ。幽霊なんて、存在しない。当然だ、当然の結果だ。
……だがやはり、問題がなくなったわけではない。彼女を殺した犯人を、警察は血眼になって探しているはずだ。
「いや、大丈夫」
俺の指紋があっても、痕跡があっても、おかしくない。俺たちは、付き合っていたから。焦って荷物を回収してきてしまったが、別に昨日持ち帰ったとはわからないはずだ。俺の物なんだから、いつでも持ち帰られる。何個でも、何度でもだ。
「そう、だから、別に持ち帰ったのは問題なくて……」
俺は身体を揺らしながら、目をぎゅっと閉じた。
「捨てたから、証拠も残ってなくて」
またぶつぶつと、独り言が増える。何か喋っていないと、やっていられない。壊れてしまいそうだ。
「アリバイは……アリバイ?」
アリバイは、ない。彼女の家へ行った後のならある。あの、コンビニの店員だ。彼は、俺のことを覚えていた。だが、当然のことながら、家に行った後では、アリバイにならない。
「聞かれるのか? アリバイを? 俺が?」
忘れていた。証拠と、動悸と、アリバイ。犯人を特定するために、必要なもの。
「寝てた……じゃ弱いよな、でも、実際行く前までは寝てたし……」
使えそうな嘘のアリバイを、必死に考える。でも、何も浮かばない。当然だ、そんなアリバイ、ないのだから。
「いや、でも、何か、何か……」
アリバイのことを考えながら、次に浮かぶのは動機だ。
「何だよ動機って」
暗くてよく見えなかったが、俺は彼女のことを何度も刺した。それは、この手が覚えている。見つかったとき、彼女は酷い見た目だったはずだ。
そうなれば、きっと、警察は怨恨の線を辿るのではないか。怨恨の線いえば、ストーカーか彼氏の俺だ。
もし、彼女がストーカーのことを警察に相談しているなら、そちらを疑うほうが先だろう。そうじゃなければ、俺のほうにくるかもしれない。
「でも、俺、荒らしてきたし」
そうだ、俺は自分の物を回収しながら、荒らした部屋をそのままにしてきた。物取りの犯行に見せかけられる、そう思って。
「しまった、俺、金目の物盗ってなくないか?」
持ち帰ったのは、凶器と、俺の私物だけ。彼女のものは、そのままだ。
「くっそ、財布から金でも抜いてくるんだった!」
後悔してももう遅い。俺は、警察が物取りの犯行を怪しむことに、一縷の望みをかけるしかなかった。俺に動機はないんだと。
「あ、いや、あ」
それなのに、気付いてしまった。俺はきっと、気付かないほうが幸せだった。
「あるじゃん、動機」
昨日、彼女と盛大なケンカをしたんだ。それも、お店の中で。周りの視線はわかっていたし、こそこそと話す声も聞こえていた。
彼女の当日の足取りを辿って警察があのお店に行ったら、きっと店員はこう話すだろう。
「彼氏らしき男性と、酷いケンカをしていました」
「とても怒ったようで、その男性を置いて、彼女は一人で店を出て行きました」
「お客さんもざわついていましたし、よく覚えていますよ」
「男性ですか? 追いかけはしませんでしたよ。流石にお金は支払っていきましたけど」
「え、彼女、亡くなったんですか?」
「じゃあ、犯人は……いえ! 推測はよくないですよね、はははっ」
聞いてもいない会話が、頭の中できれいに再現されていく。
じゃあもし、お客さんにも、警察の手が届いたら?
「あー、あの人たち! 知ってますよ、 めっちゃケンカし始めたから、ビックリしちゃいました!」
「でも、彼女さんのほうが、一方的に怒っているように見えたかな? 彼氏さんは、おとなしかった気もします」
「ドラマみたいでしたね。あ、ケンカして、相手置いて帰っちゃう人本当にいるんだ、みたいな」
「顔は見てないですね。だって、気まずくないですか? まじまじと見てるの、相手にバレちゃったら」
「嘘、その彼女さん、亡くなったんですか? えっ、信じられない……昨日、見たのに」
「もしかして、それで彼氏さんのこと聞きました? ケンカして逆上した、彼氏が殺したんじゃないか的な? うっそ、ほんとにドラマみたい」
相手が客でも、同じように再現される。
彼女が外に飛び出したとき、その場にいた人が店の中に入って来ていたとしたら?
「そういえば、女の子がお店から飛び出してきましたね」
「思わず、顔を見てしまいましたよ。怒っているような、悲しそうなそんな感じでした」
「私はその後、そのままお店に入りましたよ。あ、彼氏とケンカしたんですか。確かに、ちょっとザワザワしている席が、幾つかあったような……」
「亡くなった? その女の子が? それはまた……」
「やっぱり、怪しいなって思っちゃいますよね。タイミングがタイミングですし」
「はい、そのケンカ相手ですよ。だって多くないですか? そう言う話」
並んでいる客が、一番最悪かもしれない。
どんなに頑張っても、良い結果にならない。
疑われるのは、俺が考えても俺だった。
「どっ、どうする? 潔く自首するか?」
いや、それはできない。俺にはもう、逃げたという前提があるからだ。自首するなら、あの場で警察を呼ぶべきだった。助からないとわかっていても、救急車を呼ぶべきだった。
俺のものをリュックにしまわず、凶器を隠すこともなく、ただ彼女の隣で、おとなしく警察と救急車を待つべきだったのだ。その過程は、もうとっくに過ぎ去ってしまった。
「今さら無理だよな、どう考えたって……」
わしゃわしゃと、両手で頭をかく。頭の中が、ぐちゃぐちゃしたごみで、いっぱいになったような気分だ。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。
「うわっ!」
俺は、反射的にスマホを離した。通知の着信が、心臓に悪すぎる。
「あぁもう嫌だ、サイレントにしておこう」
視界に入る通知の相手を、きちんと個として、捉え終わった瞬間――
「あぁぁぁぁ!」
俺は叫んでいた。
――また、紗季だったのだ。