神様じゃなくなるなんて_3

清鈴神社のおきつねさま!-小森あしか編-

 お昼を過ぎるころ、神社の境内は人でいっぱいになっていた。白い幟が風にはためき、古い太鼓の音が低く響く。

「……あしか」

 拝殿のほうから呼ばれて、私はハッと顔を上げた。そこに立っていたのは、白装束を着た清丸。普段の制服姿とは全然違う、神様そのものみたいな凛とした姿。

「清丸……」
「くると思ってたよ」

 いつもの軽い言い方なのに、その声は少しだけ低くて、どこか遠く感じた。

「……もうすぐ始まるの?」
「ああ」

 清丸は、ほんの一瞬だけ私をジッと見た。その瞳の中が、何かを言いたげに揺れる。

「何?」
「いや……なんでもない」
「言ってよ」
「――言ったら、行けなくなるだろ」

 その一言で、息が詰まった。清丸は、ほんの少し笑って、視線を逸らす。

「……絶対、戻ってくるからさ」
「本当に?」
「ああ、俺、まだまだあしかと一緒にいたいから」

 そう言う清丸は、やっぱりいつもの清丸だった。でも、その笑顔の奥に、ほんの少しだけ震えがあった。

「……約束だよ」
「おう。――泣くなよ、あしか」

 ――ドォン。

 太鼓の音が、一際大きく鳴り響いた。それが、神事の始まりを告げる合図だった。

 太鼓と笛の音が響くと、境内の空気が一気に変わった。まるで、空気がピンと張り詰めて、風の流れまで止まったみたいだった。

 拝殿の前に進む清丸。白装束の裾が風に揺れて、その姿が光に包まれていく。続いて鈴緒と音羽が進んでいく。……彼らおきつねサマの姿が見えているのは、私とナナ、みっちゃんにココ、それから時嶋家の人たちだけだ。
 お狐様の前では、時嶋君が奉納の舞を舞っている。それだけでも特別な空間なのに、何か不思議な力が働いているのは、ピリピリと肌を刺す空気でよくわかった。

(――清丸、ホントに、あの清丸なんだ)

 今まで『清丸は清丸』って思ってた。人間も神様も関係なく。でも、今そこにいるのは、私が知ってる清丸でありながら、もう一人の『神様』である『おきつねサマ』だった。その背中が、すごく遠くて――

「……あしか、大丈夫?」

 ナナが小声で囁く。

「……大丈夫じゃないよ」
「だよね。――でも、あんた、どうするつもり?」

 ナナの言葉に、ハッとした。私は無意識に手を握りしめていた。

(……どうするつもり、って)

 清丸は行こうとしている。このまま行かせたら、戻ってこれないかもしれない。でも、それを止めたら、清丸が背負ってるものを壊しちゃうかもしれない。

(……でも、そんなの、いやだ)

 胸が熱くなって、心臓が痛いくらい高鳴る。

(私、清丸がいないほうが、もっといやだ)

 清丸が祭壇の前に膝をつき、両手を合わせた瞬間――空気が一変した。境内に強い風が吹きつけ、空が急に暗くなる。子どもが泣き出し、周りの大人たちが「始まったぞ」とざわめく。私に見えている光景と、他の人たちに見えている光景は違う。でも、感じていることは一緒だ。明らかに、空気が変わった。

「……清丸」

 白い光が清丸の周りに溢れ始める。その光が、段々と清丸の体を包み込み――

(やだ……清丸が、遠くなる)

 目の前にいるのに、手を伸ばしたら届く距離なのに、まるで別の世界に行っちゃうみたいな感覚がした。

 清丸が祭壇の前で両手を合わせると、境内全体に白い光が満ち始めた。鈴緒と音羽も続く。光は最初、蝋燭の火みたいに小さく瞬いていたけれど、すぐに眩しいくらい強くなった。

「わぁ……」

 周りの人たちが息を呑む。ナナが私の隣で呟いた。

「これが――おきつねサマの本気、なんだね」

 空気が震えるような音がして、風が境内を渦巻く。髪がバサバサと舞い、正装のつもりで着てきた私の制服の袖も、一緒にバタバタと揺れた。それなのに、清丸たちは微動だにせず、祭壇の前で膝をつき、ジッと祈りを捧げている。

(清丸……すごい。これが、本当に【神様】の顔なんだ)

 そう思うのに、胸はちっとも誇らしくなれなかった。だって、その光の中で清丸が段々と――段々と、薄く、遠くなっていく。

「……あしか、大丈夫?」

 ナナが私の袖を引く。

「……大丈夫じゃないよ」

 声が震えて、自分でもビックリした。

(清丸が、このままいなくなっちゃう……)

 光はどんどん強くなり、清丸の輪郭が揺れて見えた。鈴緒も音羽も同じだ。――けれど、清丸だけはどこか苦しそうだった。身体が透けていくわけじゃないのに、存在がどんどん遠ざかる気がした。

(やだよ……やだ。清丸、戻ってくるって約束したじゃん……)

 心臓が痛いくらい早く打つ。その音が、風や太鼓の音よりもハッキリ聞こえる。

「……あしか、泣きそうじゃん」
「泣いてない」
「でも――清丸、あの調子だと……」
「やめてよ、そんなこと言わないで!」

 思わず声が大きくなって、周りの大人がちらっとこっちを見る。でも、そんなのどうでもよかった。

 その時――光の中の清丸が、ふとこちらを見た。

 一瞬だけだった。でも、その目は、確かに私を探していた。

「……清丸」

 思わず小さく呼んでしまう。

 清丸の唇が、何かを動かした。声は届かないのに、その形がはっきりと読めた。

『――泣くな』

(……清丸、バカ。そんなこと言って、勝手にいなくなる気なんでしょ……?)


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