神様じゃなくなるなんて_2

清鈴神社のおきつねさま!-小森あしか編-

 クラスのあちこちでは、夏休みの話題で盛り上がっていた。海に行こうとか、花火大会に行こうとか、自由研究が面倒だとか、そんな話ばかりだ。
 ……でも私の頭の中は、清丸のことしかなくて。

(清丸、昨日も神社に戻ってたよね……。もう、ほとんど毎日だ)

 前は、放課後も一緒に帰ったり、コンビニに寄ったりしてくれたのに。今は「ちょっと用事」って笑って、そのまま神社に戻ってしまう。その笑い方が、少しだけ無理しているように見えた。休んだ次の日は疲れた顔をしているし、私が思うよりもずっと、神事は大変なことなんだと実感した。

「――あしか、聞いてる?」
「え? な、なに?」

 急に肩をつつかれて振り向くと、ナナが机に肘をついて、ジッと私を覗き込んでいた。

「なんかさ、最近ぼーっとしてるよね」
「そ、そうかな」
「……清丸のことでしょ?」

 図星を突かれて、言葉が詰まった。
 ナナはにやっと笑ったけど、その目は少し真剣だった。

「清丸、最近、神様の顔してるよ」
「え?」
「あの顔、役目に入る時の顔だよ」

 心臓が、ドクンと音を立てた。

 その日の昼休み。屋上に近い階段の踊り場で、ナナと二人きりになった。ナナは自分の水筒のお茶を飲みながら、真面目な声を出した。

「あしか、清丸、今すっごい無理してるよね」
「……神事のこと?」
「多分。もうすぐ大きい神事があるから。……そうなると清丸は、完全に【お狐さま】になって昇華するって時嶋君が言ってた」
「完全にって……?」
「……大きな神事は、お狐さまの力をすごく消耗するんだよ。清丸くらい強い子なら平気かもしれないけど、人間になるために力を使ってた清丸は……」

 ナナは言いにくそうに視線を逸らした。

「……それでも、清丸は行くんだよね。だって、お狐さまだもん。町の人のために生きるのが役目なんだから」

 私は、何も言えなかった。

 放課後、教室に残ってノートを書いていると、清丸が声をかけてきた。

「おい、あしかー、これ忘れもんだぞ」
「……ありがと」

 清丸は笑っていたけど、その距離感が変わっていた。前なら、机に寄りかかってきて、わざとノートを覗き込んできたりしたのに。
 今は、プリントを渡しただけで、そのまま振り返ろうとする。

「ね、清丸」
「ん?」
「やっぱり何でもない」
「……お前、あんま気にすんなよ」
「……気にするよ」

 思わず言い返してしまった。清丸が少し驚いた顔をしたあと、苦笑いした。

「……お前、ほんと素直だよな」

 そう言って笑う顔が、少しだけ寂しそうに見えた。

 ――夜。布団に入っても、天井のシミばかり見ていた。

(……このまま、清丸、遠くに行っちゃうのかな)

 あんなに近くにいたのに、急に手の届かないところに行ってしまう気がして、胸がずっとザワザワしていた。窓の外では、夜風に乗って夏の虫の声が響いている。でも、それすら遠い音みたいに感じた。

(……やっぱり、神事の日は絶対に神社へ行かなきゃ)

 布団の中でギュッと拳を握った。

 ――そして、気が付いたら眠っていた私は、初めて清丸の夢を見た。

 清鈴神社の境内で、いつも通り隣に座っている夢。

「……もし信じで俺がいなくなったとしても、絶対に戻ってくるから。……だから、ちょっとだけ待っててくれよ?」
「戻ってくるって、ホントに?」
「あぁ。あしかに会いたいから、絶対戻ってくる」

 清丸が、いたずらっぽく笑った。それはいつもの、私が知ってる清丸の笑い方だった。

「だから――泣くな、あしか。お前は笑ってろ」
「清丸……わかった、約束する」

 私がそう言って清丸の手を握ろうとした時、ハッと夢から覚めてしまった。

 ――神事の日の朝、空気がいつもと違っていた。蝉の声すら、どこか押し殺しているみたいに感じる。太陽は高く昇っているのに、風だけがやけにひんやりして、背筋がゾクリとする。

 町の人たちはみんな、神社の方向をチラチラ見ながら準備をしていた。古い家の玄関先には、お供え用の野菜や花が並び、子どもたちは親に手を引かれて「今日は神様の日だからね」と言われている。

(……神様の日。清丸の、清丸たちの日)

 そう思うだけで、胸がギュッと締めつけられた。昨日の夜見た夢の中で、清丸の言った言葉がずっと頭から離れない。

『――お前に会いたいから、絶対戻ってくる』

 あんな風に笑ってたけど、その笑顔がどこか切なかった。本当に戻ってくるって、信じたい。信じたいのに――怖くて仕方なかった。夢だから怖いのか、それとも……。

 そんなことを考えながら、今日は登校する必要もない日なのに、私は落ち着かなくて神社の前の道を歩き回っていた。そんな私を見つけたナナが、腕を組んで近づいてくる。

「あしか、早いね」
「……だって、ジッとしてられないよ」
「わかるけどさ。……清丸のこと、心配なんだね」

 ナナは少しだけ、苦笑いした。でも、その目はどこか真剣だった。

「……ナナ、清丸、消えたりしないよね?」
「――私には――わかんないよ」

 ナナが、少しだけ言いにくそうに目をそらした。でも、すぐに私の目をまっすぐ見て言った。

「でもね、あしか。清丸が戻ってこれるかどうかは、清丸自身の力がどうとかよりも――『清丸がどれだけ帰りたいって思うか』だと思わない」
「えっ」
「清丸ってさ、きっとそういうヤツだと思うよ。自分がやりたいって思うことには、無茶してでもしがみつきそうじゃない?」

 その言葉に、胸の奥で何かが弾けた。

(……清丸が、ずっとずっと私に会いたいって思ってくれたら)

 そうしたら、きっと――。


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