胸がギュッと掴まれた。
(バカ……バカ!!)
頭では「止めちゃいけない」とわかっているのに、心がそう叫んでいた。
(――やだ。やだよ!)
太鼓の音が一際大きく響き、清丸の周りの光がさらに強くなる。まるで、その光が清丸を飲み込んでいくみたいだった。
「――あしか、行かないほうがいいよ!」
ナナが焦った声で言った。
「この神事は清丸たちにしかできないんだって! あんたが邪魔したら――」
「――ごめん、ナナ」
私は、ナナの手をそっと振りほどいた。自分でも、身体が震えているのがわかった。でも――止められなかった。
(行かなきゃ。行かないと、私――絶対後悔する)
「ちょ、あしか!」
ナナの声が背中で遠くなる。
私は、風を切って階段を駆け上がった。白い光が強くて、目を細めないと前が見えなかったけど、それでも足は止まらなかった。
「清丸――!!」
叫ぶと、光の中の清丸が驚いたようにこちらを振り向いた。その目が、一瞬だけ見開かれる。
「あしか、お前……バカ、くるなって言っただろ!」
でも、私は止まらなかった。清丸のすぐそばまで駆け寄って、その手を強く掴んだ。
「あらら、きちゃったんだねあしか。……少しだけ時間を止めてあげるから、急いで」
「音羽……ごめんね、ありがとう」
「どういたしまして」
こんなことをしたのに、音羽も鈴緒も笑ってる。音羽の言う通り、私と清丸、そして音羽と鈴緒以外の人たちは微動だにしなかった。本当に時間は止まっていた。
「……清丸、行かないで!」
「ばか、手ぇ離せよ! 今は危ないんだって!」
「離さない! だって、清丸がいなくなっちゃうなんて、いやだよ!」
涙が、勝手にこぼれて頬を伝う。清丸が驚いたように私を見た。
「……あしか」
「町なんかより、私は清丸が大事だよ! 神様の役目とか、そんなのどうだっていい! 私、清丸がいないほうがいやだよ!」
自分でも信じられないくらい大声だった。でも、もう止められなかった。
清丸が、しばらく黙って私を見ていた。光が渦巻く音がして、清丸の尻尾がふわりと揺れる。
「……ホント、お前ってヤツは」
清丸が、ふっと笑った。それは、距離を置くまでの、私がよく知ってるいたずらっぽい笑い方だった。
「お前がそんな顔するなら――俺、まだ終われねぇわ」
「清丸……」
「俺、お前に会いたいから、絶対に帰ってくる。だから、泣くなよ」
清丸が、掴んでいた私の手をギュッと握り返した。その手は、熱いくらいに温かかった。
「約束する。――俺、お前のところに帰ってくる」
その言葉が、胸にずしんと響いた。涙が止まらなかったけど、今度は少しだけ笑えた。
「うん……約束だよ」
清丸が、私の手をそっと放した。でも、その顔はもうさっきまでの迷いを吹き飛ばしたみたいに凛としていた。
「じゃ、あしか――ちょっとだけ待ってろ」
「うん……」
「すぐ帰ってくる。……絶対にな」
清丸は振り返ると、祭壇の中央へ進んだ。その背中が、もう『私の知ってる清丸』じゃなくて――神様そのものの背中に見えた。
(……清丸、頑張って)
私は強く強く胸の前で手を組む。これ以上、何もできないのが悔しかったけど、それでも必死に願った。
「お願い……清丸が無事に帰ってきますように……」
動き出した時間の中で、太鼓の音が再び鳴り響く。空が暗くなり、風が強く吹き荒れた。人々が不安そうにざわめく中、私は目を離せなかった。
清丸が両手を合わせ、低く呟いた。その声は、聞き取れないのに胸の奥に響くような、不思議な音だった。
「……『おきつねサマ』だ」
ナナが小さく呟く。
清丸の体から白い光が立ち上がり、それが渦を巻いて空へ昇っていく。空の雲が一瞬で裂け、月が強く輝いた。
「すごい……」
「こんなの、初めて見た……」
周りの人たちが口々に驚きの声を上げる。でも私は――光の中心に立つ清丸だけを見ていた。
その横顔は、まっすぐで、強くて、綺麗で――でも、どこか痛々しかった。白い光がどんどん強くなるたびに、清丸の体が薄くなっていくように見えたから。
(清丸……耐えて。お願い、帰ってきて……!)
涙がにじむ視界の中でも、私は瞬きもしなかった。
「――終わる」
ナナが小さく呟いた瞬間、強い風が一気に吹き抜けた。白い光が爆ぜるように散り、境内に静寂が訪れる。
「清丸!」
私はすぐに階段を駆け下り、祭壇へと走った。
光が消えた後、そこには白装束を着たまま膝をついている清丸がいた。その肩が小さく上下している。
「清丸!」
駆け寄ると、清丸が顔を上げた。その目は疲れているのに、ちゃんと私を見て笑った。
「……ただいま」
「っ……おかえり!」
私は清丸に飛びついた。清丸が少し驚いたように目を見開いたけど、すぐに私を抱きしめ返してくれた。
「約束しただろ、帰ってくるって」
「……うん、でも、ホントに、怖かったんだよ」
「泣くなって言ったのに」
「泣くよ、こんなの!」
私が言うと、清丸が少し笑った。
その笑顔は、泣きそうなくらい優しかった。
「……ごめんな。もう、あんな顔させねーよ」
「清丸……」
清丸の体温が、腕の中でちゃんと温かくて、それがたまらなく嬉しかった。