結人と一緒に作った基地は中々の出来栄えで、隼人も満足げだった。
ブロックは頭も使うし指先も使う作業だが、問題なくできていたため隼人は満足すると同時に安堵した。仕事へは明日行ってみないとわからないが、一人で着替えもして上手く会話もできている。ブロックである程度の作品も作ることができるし、楓にサンドウィッチをもらって食べることもできた。家へ返ってくる前にトイレにも行ったし、まるで子どもの健診項目のようだと思ったが、今まで慣れ親しんできた身体ではなくなっているから、どんな些細なことでもできなくなったことはないかと用心するに越したことはない。
リコの用意した夜ご飯はいつも通り美味しくて、隼人はその味を噛み締めながら黙々と食事を進めた。確実に自分は変わったはずなのに、なにも変わらない日常がここにはあった。
フルボディとなったこの日、寝付けないと思っていたが隼人はぐっすりと眠ることができた。
翌日の朝起きて感じたのは『いつもよりも身体が軽い』『頭がスッキリする』だった。身体が変わったからだろうかとなんとなく考えながら今までと同じように会社へ向かう。一瞬『昨日の出来事は夢だったのか』と思いもしたが、脇の下のバーコードと河岸に入っていたクローン体向けの資料と手術の同意書、会場からの誓約書のコピーを見て『あれは夢ではなかった』と痛感した。家に置いておいて家族にバレないように、書類の類は大きな封筒に入れて会社へと持って行く。会社ならば人のデスクの引き出しを勝手に開けられることもないし、簡単に失くすこともない。リコを信用していないわけではなかったが、自分がリコの信頼を失わないようにの精一杯の抵抗でもあった。
隼人がフルボディだということは、あの病院で出会った人と会場のスタッフ、それから楓しか知らない。
――こんなことは誰も知らなくて良いと思った。
今までオリジナルだった自分が、至って健康で事故に遭ったわけでもない人間が、ある日突然フルボディになったと知られたら、要らぬ詮索を受けるだろう。どうしてもお金が絡みやすい。『莫大な借金を抱えていた』と思われるかもしれないし『大金を手に入れて金持ちになった』とも思われるかもしれない。どちらにせよ、なにがあったのか、なにをするのか嬉々として聞かれるはずだ。
隼人がフルボディになった経緯は格好のゴシップで、噂話が好きな口の軽い人間に知られたら、一瞬で周囲へと広まっていくだろう。そうなってしまっては、家族の耳へはいるのも時間の問題だ。守秘義務があるから会場も医者も言うことはない。病院も会場も、来ていた人間には素性が知られていない。自分が言うわけがない。
可能性として有り得るのは楓の口から漏れることだったが、それでも隼人を違法賭博へと巻き込み、結果フルボディとなってしまったことに責任を感じているようにも見えたため、隼人は心配していなかった。なにより、あれだけ自分のためにしてくれた友人がそんなことをするわけがないと信じたかった。
つまりは、隼人がフルボディとバレるには、戸籍を覗くか会社に隠した資料を見るしかない。これは隠し通す状況としては彼の中で万全であるように感じた。
今日もいつも通り、衣玖、楓と一緒にお昼ご飯を食べる。隼人と衣玖はお弁当を先に食べ始め、コンビニへ昼ご飯を買いに行った楓を待っていた。
「なんていうか、今日の隼人元気だね?」
「そうかな? そういえば、寝起きは良かった」
「最近ずっと疲れた顔してたからさ。心配だったんだけど」
「やっぱりしっかり寝るのって大事だなと思ってさ。折角早く帰っても、深夜までついアプリでマンガ読んじゃってて」
「あー、わかるよ。僕もそうだもん。ああいうのって、つい読んじゃうよね。完結作品が無料開放されてるととくに」
「そうそう! ここまで……って思っても、続きが気になって読んじゃうから、気が付いたら何時間も読んでるときある」
「次の日仕事だとヤバい! って思うのにね。思うだけだよね、ホント」
「やめられない」
「わかる!」
自分でも元気になったと思う部分があるため、隼人は一瞬ヒヤッとしたがそのまま話を続けていた。
「あー、そういや、雑誌返すのずっと忘れてたよな、ゴメン」
「あ、良いよ良いよ」
「さっき机に置いておいたから」
「うん、ありがとー」
いつだったか、衣玖から借りていた違法賭博とクローン体について書かれた雑誌。今の隼人にとってこの話は痛かったが、帰さないわけにもいかず向こうから切り出される前にと今日返却した。
「にしてもさ、こんな闇市みたいな話あるのかな?」
「どれ?」
「オリジナルの身体が高く売れる……ってところ」
「……あー……でも、実際にネット見てみたら、結構そういう広告増えてるよな。規制してないってことは、普通ってことなんだと思うけどね」
「でもさ、こんな借金のカタに身売りするみたいなのは、良くないと思うけどね」
「一家揃って路頭に迷うよりは、生活立て直すほうが大事じゃないか?」
「まぁ、そうなんだけど……。自業自得って言うか……」
「道をそれたとしても、軌道修正できるなら良いだろ?」
借金でフルボディになった自分が責められているような気がして、隼人はつい口調を強く衣玖へ言い返していた。
「……急に隼人、楓みたいなこと言うんだね?」
「えっ……そう?」
「隼人だったら肯定するかなって思ったんだけど。僕の意見」
「……いやほら、前に聞いた衣玖の親戚の話もあるし」
「あぁ、あれ、ね。……あの話、本当だったみたいなんだ」
「え?」
「あの親戚、先日亡くなったんだ」
「え、嘘?」
「本当だよ。でも、葬式はしたんだけど、棺? の窓? が開いてなくて、顔は見られなかったんだよね」
「そんなことある?」
そう言って、隼人は『しまった』と思った。
――可能性はある。知ってるじゃないか。
そう思った時にはもう遅かった。
「そう思うでしょ? 蓋ももう打ち付けられてて『花はもう埋めてあるから、閉めたままお別れ』って言われて、みんな『???』ってなってたよ。その場では言わなかったけど、ちょっとね。故人には申し訳ないけど、ヒソヒソってなっちゃったよね、あとでさ」
「重いは重かったんだけど、本当に入ってるの? って思ったし、不慮の事故って聞いたんだけど、奥さんも良くわかってない……っていうか、遺体の確認は顔半分見ただけなんだって」
「……見られるとまた都合が悪いって言ってるようなもんだな」
「だよね? だから『ギャンブルにはまって抜け出せなくなって沈められた』って言われてたよ。とても奥さんには言えないけどね」
「……奥さんはなにか言ってたの?」
「ううん。でも、身体は見られなかったし、顔ももう半分は包帯で見えなかったって言ってたかな。あと、急にフルボディになったと思ったら、今度は突然死んじゃったって」
その言葉に、一瞬隼人の息が止まる。
「それは……大変だったな……。子どもいたよね」
「そうなんだよ! そうそう! そこなの! 子どもたちみんな学校辞めることになったんだって。それで、公立に行く子ともう就職する子と分かれてた」
「え? なんで学校辞めるの?」
「私立に通ってて、お金が払えなくなったからだよ」
「なんで? 旅行よく行ってたって言ってなかったっけ?」
「……なんにもなくなってたんだって。貯金も、財産になりそうなものも」
「家は? 車は? 保険入ったりしてなかったの?」
「保険はいつの間にか解約してて、車も売り払ったあと。……亡くなる何日か前に、修理に出すって持って行ったみたいなんだけど。家も同じく。売却の手続きが終わってたみたいだよ。詳しいことはよくわからないけど」
「帰る場所もないじゃん」
あまりの悲惨さに、そこからかける言葉が見つからなかった。
「奥さんの実家に帰ったよ。子ども連れて。葬儀代は奥さんの実家が出してたね。その人のほうは、もうご両親亡くなってるから」
「なんて言って良いか……」
「困るよね。まぁでも、噂されるってことはなにかしら片鱗があった、ってことなんだろうな……」
「周囲には株とかFXって言ってたみたいだけどね。それだって、興味のない人から見たらギャンブルと変わらないだろって言う人もいるだろうし。ギャンブルであんなに稼げるなんて思ってないから、さらっとギャンブルって言われても、はいはいって思うくらいだよ」
「でも、死ぬくらい負ける……ってないだろ流石に」
……わかっている。『死ぬくらい負ける』という事実があることくらい。今の自分がその例だ。わかっていながら隼人は衣玖に話を振った。