第32話:失うということ_5

出口のない部屋

 家の外には誰もいない。が、インターフォンを鳴らすかどうか悩んでいるあいだに、玄関のドアが開いた。

「……あ」
「……おや。時間よりもお早いですね。譲原様」
「遅れるわけにはいかないと思いまして……」
「ありがとうございます。……おはようございます」
「あっ、おはようございます」
「俺いて良いんだよね? 三兼さん」
「えぇ、譲原様の許可もございますので、問題は特に」
「よかった。一応もう一回聞いておいたほうがいいかなと思って。あとついてくから」
「承知しました」
「あ、えっと……」

 自分の勝手がわからず、隼人は戸惑う。

「車をご用意しております。讓原様はそちらへお乗りください」
「はい」
「阿形様はそのあとを」
「うん」
「三兼さん。……聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「向かう病院って、なんかこう、秘密な感じなんですか?」
「いいえ。一般的な大きな病院でございます。提携はしておりますが、特に内緒にしているような施設ではございません。……もしそうでしたら、そのような場所へ、阿形様を連れていくわけには……」
「確かに」
「今後のメンテナンスも、そちらの病院で行っていただきます」
「わかりました」

「では、早速参りましょう」
「……」

 すぐに目の前に車がやってきた。普通の乗用車に見える。怪しげなバンを想像していた隼人は少し拍子抜けしたが、そんな車で移動しては逆な目立つと思いこれが正解なのだ思った。
 促されるまま、車へ乗り込む。乗った場所は助手席で、隣には知らない男が座っていた。

「私は助手席に。最後までついておりますので、ご安心ください」
「ありがとう」

 車のドアが閉められる。オリジナルのその目で見る最後の風景を脳みそへ焼き付けるように、隼人はなんの変哲もない車の外を流れる景色をじっと見続けていた。
 休憩することもなく、一時間ほどして着いた病院。それは隼人の住む地域で一番大きな病院だった。隼人もよく知っているが、行ったことはない。この病院はクローン体専門の病院で、隼人とその家族には縁がない場所だったからだ。誰も行く人がいなければ、前を通るだけで終わるだろう。

「阿形様は、待合室でお待ちになられますか? それとも院内のカフェでも行かれますでしょうか? 外出も可能ではありますが……」
「カフェで待ってよっかな。終わったらすぐ声かけたいし。誰もいないより安心じゃね?」
「まぁ、そうかも……。サンキュー楓」
「俺が好きでやってんだからいいんだよ。だいたいの時間だけ聞いてから行くわ」
「かしこまりました」

 隼人と楓に提示された時間は三時間だった。隼人は手術の同意書と、会場から渡される誓約書へサインを記入し服を着替える。時間を聞いた楓はカフェへと向かい、お互い離れ離れになった。

「次に目を覚ました時、譲原様はフルボディの身となっております。バーコードの位置はお知らせいたしますので、その時までお待ちください」
「……はい」
「それでは、私は一旦これにて。また後ほど参ります」
「わかりました」

 深く頭を下げて三兼はその場を去った。隼人が残されたのは病室のような部屋だった。ベッドと洗面所がある。病室の個室にしては簡素な造りに見えた。
 トイレへ行き手術着に着替え、迎えが来るまで写しとしてもらった同意書と誓約書へ再度目を通す。今さら真面目に読んだところでフルボディとなることに変わりはなく、ただその身体へ変わる時を待っている時間を埋めるための作業だった。
 もうひとつ、クローン体を一か所でも取り入れた人間に対しての説明書ももらっていた。が、なんとなく読むことが怖くて、これはあとにしようと隼人は持っていた鞄へとそれをしまった。

 コンコン――。

「っ、あ、はい!」
「――失礼します」

 ガラガラと部屋のドアが開く。声の主は医者だった。白衣を着た男性と、後ろに看護師と思われる女性と男性がそれぞれひとりずつ立っていた。

「準備はできましたか?」
「はい。トイレも済ませましたし、着替えも終わりました」
「それでは、こちらへ」

 最期のときが来る。手術台へ上り、麻酔を注入された隼人は、すぐに意識を手放した。
 目の前が真っ暗になったかと思うと、サイケデリックな色合いの景色の中を、隼人はトロッコに乗って移動する夢を見ていた。自分の今の状況と直前の行動から、隼人は自分が夢の中にいると認識していた。いくつもの扉が顔スレスレで開きその中を抜けていく。猛スピードで走るトロッコは周りの景色を次々と変えて隼人の視線をあちこちへ移動させていた。時々息苦しくなりながら『まだ降りられないのか』と思いながら走り続ける。
 数えきれないほどの扉を抜けて景色の中の最上部の扉を見つけた時、隼人は『これが最後だ』と思った。相変わらずギリギリのタイミングで開いた扉を抜けると、あれだけ賑やかだった周囲は真っ暗になっており、遠くから声が聞こえた。息苦しさは強くなっていたが、声が大きくなると周囲も明るくなりそれに合わせてうっすらと目が開く。

 その声は看護師たちのもので、無事手術が終わり病室へ戻ったときの看護師の声だった。念のためについていた看護士が隼人に声をかけナースコールを押す。手術が終わりどれだけ立ったのか隼人は理解していなかったが、ぼやっとした視界と頭で思い描いた通りにまだ動かない身体に、遠くに聞こえる声と急に襲い来る吐き気から『無事生還した』ことだけはわかっていた。止まらない吐き気に何度か嘔吐しながら、看護師のわかるかどうかの問いに一生懸命首を縦に振る。その首すらほんのわずかにしか動いていなかったが、視線の動きも併せて察した看護師は笑みを浮かべていた。

身体は上手く動かないが、段々とはっきりしてきた意識に安堵しながら『こうなるから食事は禁止なのか』『麻酔がまだ聞いているからなのか体は動かないし痛みもない』なんて考え事をしていると、ナースコールで呼ばれた看護師と、三兼が部屋へ入ってきた。

「譲原様! お加減はいかがでしょうか? ……あぁ、無事に目を覚まされまして、なによりでございます」
「……」

 隼人は視線で三兼を追うが、まだ上手く声が出そうにはなかった。

「私のことは、おわかりになりますか?」
「……」

 コクコクと頷いたつもりだった。上手くできていたかはわからなかったが、目を覚ました時に比べたら、上手く動かせたような気がしていた。

「視線もこちらを向いておりますし、僅かではありますが首も動かせるようで……。安心いたしました。手術は成功したとのことです。頭部にはまだ縫合のあとがございますので、あまり触らぬようお気を付けください。……すぐに意識がハッキリして、喋ることも歩くこともできるようになります。今は少しでも身体を休めることに努めていただければと」

 聞きなれた三兼の声に心地よさを感じながら、隼人は目を閉じた。まだほんの少しだけ息苦しいような気もしたが、ドクドクと感じる心臓の鼓動を受けて心臓が動いていることの喜びを感じると同時に『その心臓は生まれてから一緒に過ごしてきた心臓ではない』事実を思い出して泣きたくなった。

 疲れているのか、まだ麻酔が抜けきらないのか、目を開くことが億劫になっていた。考えることも面倒くさい。そんななかやっとの思いで目を覚ますと、看護師はいなくなっていたが三兼はパイプ椅子に座って隼人の顔を覗いていた。

「……譲原様」
「……っ、あ……」
「大丈夫でしょうか……?」
「み、か、ね、さ……ん」
「あぁ、良かった」
「お、おれ……」
「先ほども申し上げました通り、手術は無事成功しました。ご安心ください。まだ少し身体が慣れない部分もあるかと存じますが、もう数時間もすれば今まで通り動かすこともできるでしょう」

 抑揚のない三兼の声が、なぜか心地よく聞こえた。

「は、はい……」
「阿形様には連絡を入れておきました。今は休養が必要であることを伝えましたので、まだここへはいらっしゃらないかと存じます。今はお一人ですので、バーコードの位置をお伝えしておきます。よろしいでしょうか?」
「あ、そ、か……。お、おれ……フル、ボディ、に……」
「左様でございます」
「そ、か……そっ、か……」
「……お伝えしても?」
「は、い」
「譲原様のバーコードは、左胸の横、脇の下の辺りにございます。二の腕で隠れる部分ですので、あまり気付かれないかと」
「そう、ですか……」
「こちらの容姿にも記載がございますので、今回の手術内容も併せて封筒に入れておきましたので、家にお帰りになられてからでもお読みください」
「わ、かり、ました」
「……もう少し、お休みになられては」

 三兼の言葉に隼人は目を閉じる。ドロッとした意識の重さに耐えかねて眠ると、息ができなくてもがき苦しむ夢を見た。


← 前の話|目次|次の話 →

タイトルとURLをコピーしました