第14話:賭ける_1

出口のない部屋

 「……は? 人間? ……お、お前、何の冗談? それ」
「あーだよなぁ。あはは、ごめん、冗談だよ」

 どこかホッとしたようにも、悲しそうにもに笑う楓を見て、隼人は冗談ではないと認識していた。

「……本当に、冗談なの?」
「う、あー……」

 先ほどよりも明らかに目が泳いでいる。

「……取り敢えず、このゲームが終わってから。俺は降りるよ」
「このカードじゃ、俺も」

 二人はポーカーを終わらせて、適当に空いているソファへ腰かけた。

「乗りかかった舟、だし? 俺今結構楽しんでるし、勧められたゲームは割と好き嫌いせずにプレイするほうだから、全然問題ないかも……?」
「……そうか?」
「ダメそうだったらあーって聞こえてないことにしておくから、取り敢えずダメもとで一回言ってみてよ」

 隼人は両耳にそれぞれの手を当てて『あー』と言いながら耳を叩いている。

「どう? これで。あーーーーーー」
「ぷっ……何だよそれ。それで聞こえないのかよ」
「物は試しだって! 言ってみろって! あーーーーー」

 隼人は早く早くと楓に促した。既に隼人の興味は、楓の言っていた『競馬をやったことがあるか』『馬ではなく人間に賭ける』の部分にすっかり惹かれていた。人間にかけるというのは一体どういう意味なのだろうか。競馬は馬が競争しているが、人間が競争するということなのだろうか。走る? それともそれ以外? と、むしろ興味がそこへしか行かず、頭の中を疑問がグルグルと回っている状態である。こんな風になってしまっては、話を聞かないまま帰ってしまっては後悔するし、ずっと気になって仕方がないと隼人は考えていた。それを避けるために、今楓に話す気がある内に、詳細を聞くしかない、と。

「わ、わかったよ。……あー、もうあれだな、俺に話を聞いてから見に行くか、話を聞かずにもう直接見に行くかどっちが良い?」
「選べるの? それ」
「どっちでも最終的に見るモノは変わらないけどね」
「じゃ、じゃあ一応、き、聞こう、かな。うん。先にさ」

 トーンの下がった楓の声に、隼人はゴクリと唾を飲み込んだ。何だか急に周囲の温度が下がったような気がして、ブルブルっと身震いをする。『直接見るよりも先に話を聞いたほうが良い』と、本能が告げているのだろうか。

「オッケー。……お前さ、俺との別行動の時、このフロア以外へ行った?」
「あー……うん」

 隼人は素直にそう答えた。一度だけ、イロハに連れられてこの下の階へと行っている。あれ以来行っていないが、あまり自ら進んでいきたいと思える場所ではなかったことと、どんな人がいたかだけは隼人もよくよく覚えていた。……それに、泣き縋っていたシナガワが、あの場で何かをしたことで、億単位の借金をゼロにできたことも。

「どこいったの?」
「この一つ下の階だよ。廊下の左右に個室が並んでて、突き当りは行き止まりだったと思うけど。……確か、カンキンジョって書いてなかったっけ?」
「よく覚えてるな。……そう、そうなんだよ。ここには、このフロア以外にも行ける場所は存在してる」
「うん」
「お前が行ったのは、大金を貸し付けたり、逆に支払ったりしてる。流石に動く金がデカ過ぎると、受付じゃやってくれないんでね」
「まぁ、目立つよね。そんな大金のやり取り、受付でしてたら」
「そそ。……で。行ったのはそこだけ?」
「あ、うん。その部屋だけだよ。」
「じゃあここからが、俺の話な。いいか?」
「どうぞ」

 わざとらしく辺りをキョロキョロと見回すと、楓は隼人へそっと耳打ちをした。

「あ! 待って! これだと聞かなかったことにできない!」
「気にすんな。……この会場、ってか運営、人間も賭けの対象にしてんだよ」
「……は?」
「このままこっち寄ってろよ? 知らねぇヤツには聞かれたくないの。……わかるだろ?」

 楓に合わせて隼人の声も小さくなる。

「VIPルームならぬ、VIPフロアがあるわけ。そこから中継みたいな感じでゲームを見るんだよ。……お前【デスゲーム】くらい知ってるだろ?」
「知ってる……けど、あんなのフィクションの世界の話だろ?」
「それが『ノンフィクションでありました』って言ったら?」
「それこそ、死ぬほど驚く」
「あはは、だよなぁ。簡単だよ。画面の向こうではデスゲームが繰り広げられる。俺達観客は、誰が勝つかにコインを賭ける。実況入ったりして、これが結構面白いんだぜ?」

 悪びれもせず笑う楓に、隼人は少し引いていた。しかし、これがもし本当の話だったならば、聞いてしまった自分ももう同罪だろう。そう思っていた。聞かなかったことにはできないし、楓もそのつもりで耳元で喋ってきたに違いない、とも。同時に、強くその内容に自分が興味を持っていることもわかっていた。

「そのVIPフロアって、俺でも入れるの?」
「入れるよ? 俺が紹介すれば。……行ってみる?」

 そう言って、楓はニヤリと笑った。

「……行く」
「そうこなくっちゃ」

 何かに引き寄せられるように、いとも容易くYESの返事を口から吐いた。

「こっちが声かけるのは……三兼さんだと隼人も喋りやすいよな?」
「そうだね、ここにきてから大体喋るお店の人は三兼さんだし」
「よし、話してくるからちょっと待ってて。やっぱ、お前誘って良かったわ」

 バンバンと音を立てて隼人の肩を二回叩くと、楓は走って三兼の元へと向かった。音に比例しての痛みだったのか、隼人は呆れた顔をして肩をさすりながらその姿を見送っている。と、不意にその手を止めて恐る恐る両方の手を顔の前へ持ってくると、隼人は自分の両手のひらを目の位置まで持って行った。よく見なくても、その手は震えていた。それも大きく、ガタガタという擬音がお似合いなくらいに。自分では、どうしてこんなに震えているのか見当もつかず、ギュッと握って膝の上へ置くと、なんでもないフリをして楓が戻るのを待った。

 しばらく待っていると、後ろに三兼を引き連れて楓が戻ってきた。目が合い、隼人が小さく手を振ると、楓も同じように手を振った。

「お待たせ! 三兼さん、さっき話した通り、VIPフロアに隼人を連れていきたいんですが」
「承知いたしました。……ところで【デジポット】についてのお話はもうお済でしょうか?」
「……うげっ……忘れてた……」
「デジポット? 聞いたことあるけど。なんだっけ、ICカード買う時に払うやつだっけ?」
「意味合いとしては同じでございます。一時金、保証金の扱いですので」
「教えてもらえますか?」
「勿論でございます! こちらを見ながら、ご説明させていただきます」

 三兼は隼人の隣へ座る。楓も座ったことを確認して、ソファのすぐ前にあったテーブルへ手に持っていたタブレットを置くと、なにやら操作を始めた。

「それでは、ご説明を。阿形様より既にいくらか簡単なご説明は受けているという前提でお話ししせていただきます。今、私たちがおりますのは、こちらの建物の地下一階部分でございます。そして、さらにワンフロア下がりますと、高額融資や払い戻しが可能なフロアがございます。……こちらは、見学は自由となっておりますので、どなたでも入ることができます。入りたければ、ですが。使う以外での見学は、滅多におりませんゆえ。そしてそこからもう一段。阿形様が仰るのは、こちらのフロアとなります」

 確かにタブレットに表示された図には、隼人たちのいるフロアを含めて、地下には四フロアあるように見える。

「どうやって行くんです? この下の階は、エレベータとか下り階段はないように見えましたけど」
「廊下の突き当りに隠し階段がございます。そちらからしかお入りになることはできません」
「そっか、見えなかったんだ」
「左様でございます。そして、こちらのフロアに立ち入るためには、カードキーを作成していただく必要がございます」
「それにデジポットが必要なの?」
「仰る通りでございます。……こちらのフロアは、限られたお客様のみご入場いただけます。一番初めこの会場にいらっしゃった際、身分証として運転免許証をお預かりし、登録させたいただきました。その情報に、さらに追加でいただきたい情報もございます。……当然、それが好ましくなく、カードキーを発行されないお客様もいらっしゃいます。それは、お客様の自由です」
「例えば、どんな情報ですか?」
「勤め先や経歴、クローン体であるかどうか、同居の家族や資産についてでございます。そして、守秘義務がございますので、そちらをお守りいただけるかどうか」
「ローンの申し込みみたいですね。保険とか」
「新しいお客様を増やすということは、既存のお客様のセキュリティが緩くなるのです。どう振る舞うかもわからない人間が入りますから。そのことが『問題ない』と印象付けるために、必要な情報なのです。もちろん、既存のお客様も通った道でございますので」
「それは納得しています。……内容が外に漏れてはいけない……ですもんね?」
「呑み込みがお早いようで。そして更なる身分固めということで、デジポットを。コインで支払っていただきます。カードキーを失効した時点で、デジポットのお金はお客様のデバイスへと全額返却させていただきます」
「……それで、コイン何枚なんですか?」
「五千枚でございます」
「ごっ……!?」


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