第28話:進化_3

或いはソレが生きていると仮定して。

 「――ちょっとお邪魔してもいーい?」
「どうしたの?」

 今日も今日とて、私はカゲに会うべく文化棟へやってきた。
 昨日会ったが、少しだけ話したいことがあったからだ。

「あのさ、どう思う?」
「……何が?」
「女の子の、自殺」

 以前カゲが握っていた新聞の、女の子の自殺記事が私は気になっていた。
 私だって同じ道を辿っていたかもしれないから、そういう内容にはつい強く反応してしまう。……今だって、辿るかもしれない。

 どんなに頑張って目を凝らしても、どんなに表情を読み取ろうとしても、私にカゲの顔は見えなかった。やっぱり、見えなかった。
 仲良くなれば見られるようになるんじゃないか……なんて淡い期待も抱いたが、そんな期待は打ち砕かれている。ただいま絶賛、打ち砕かれ中だ。

「一依が気になるんだろ? だから、俺に聞いてる」
「それはそうなんだけど……」
「じゃあ、一依はどう思うの?」

 逆にカゲに聞かれて、私は黙ってしまった。
 ここで私が『まるで自分の未来のようだ』と答えたら、なんと思うのだろうか。驚くだろうか。それとも、嫌悪感を抱くだろうか。

「私? ……んー……私は、そうだな……。こういうニュース、よくあるじゃん? だから、他に道はなかったのかな……って思うよ」

 半分本当で半分嘘だ。
 他に道はないのかなとは思う。……思うが、なかったからこの道を選んだんだろうことは、私なりに理解しているつもりだ。良い悪いは置いておいて。――わかっている。道がなかった、死ぬ以外に。自分が楽になれる道が見つからなかった。

 上手くボタンがはまった結果死を選んだというのなら、ボタンをかけ違えていたら、生きていたかもしれないのにとは思う。
 最後のボタンをはめる前は、物凄く悩んで立ち止まって振り返って、思い留まっていたんじゃないか。今の私のように。
 たまたま、ボタンがはまってしまった。それまで、わざとはまらないように、かけ違えて見なかったフリをして、やり過ごしていたのに。
 ボタンがはまったら、もうかけ違えることはない。綺麗にはまったものを、わざわざグチャグチャにするなんて、モノ好きのすることだ。この場合のボタンは、一度かけ違えたら元に戻せなくなるのだから。

「助けてくれる人が……助けるまでいかなくても、もし一人でも意識する人がいたら。死ななかったかもしれないよね。そんなのさ、本人にしかわからないんだけど。……うん? もしかして、本人にもわからないのかな? まぁ、どっちでも良いや。でも、きっと、寂しかったんだろうなぁ。自分が死んだって、誰かが悲しんでくれる保障なんてどこにもないのに。期待しちゃうんだよね。死――って、そういうものじゃない?」
「……一依の言いたいことはわかるよ」

 悲しそうな声だった。カゲはそこから動かずに、私のことをジッと見つめているように思えた。

「私、友達になれたかもしれないな、その亡くなっちゃった女の子と」
「どうしてそう思うの?」
「カゲ、言ってたでしょ? 『彼女の辿ってきた人生が、壮絶だった』って」
「……あぁ、そんなことも言ったね」

 そこ紙だけ、カゲの声は優しくて悲しそうだった。

「だから、私と似てる気がするから。同じ境遇なら、仲良くできると思わない? 例え上手くいかなくたって、意識する人の一人にはなれたのかもしれない。ボタンを正しくはめたから死んじゃったんだよ。その時の彼女にとって、気持ちが楽になる正解の道を選んでしまった。かけ違えていたら、死ななかった。間違ってるんだから。不正解のドアは開かない。……もっと他人に、期待したら違ったんじゃないかな」
「そうだね……」
「それにさ、気持ちはよくわかるんだ。だから……あれ、言葉にしようとすると難しいね」

 その女の子が生きている内に『大丈夫だよ』と言ってあげたかった。それで少しでも気持ちが楽になるのならば。
 『私も同じなの』と、固い握手のひとつでも交わして、安心させたかった。私が同じ立場なら気休めにしかならないけれど、一瞬だって自分を気にかけてくれた人がいたことを思い出せれば、ボタンだってもうちょっとかけ違えたままにしておいたと思う。
 新聞の女の子のことを思うと、胸が苦しくなった。頭にモヤがかかって、上手く言葉も出ない。そんなに思いを強く持っているとは考えていないが、引き摺られているのだろうか。

「カゲは? それで、どう思うの?」
「俺は、俺は……」

 言葉に詰まっているようだった。でも、私も答えたのだから、カゲにもちゃんと答えて欲しい。

「友達になれたんじゃないかな、って思うよ」
「……何それ、ちょっと回答ズレてない?」
「でもそうなんだ。俺はそう思う。きっと友達になれた。……俺は意識する人の一人になれたんだ。亡くなる前に出会っていたら」
「すごい自信」

 驚いた。もっと、違う回答が返ってくると思ったのに。

「でもなれなかった。ボタンは正しくはめられて、彼女は死んだんだ。絶対に俺はそのボタンの、かけ違えになり得たのに」
「何か、知り合いみたいな言い方。ってか、自意識過剰じゃない? 絶対なんて言いきれるわけないのにさ」
「知り合いって言ったら信じる?」
「……信じない。だって、カゲは話に嘘と本当を混ぜ込むんだもん。もう騙されないよ」
「はははっ。なんだ、つまらないな」
「ホラ! やっぱり!」

 こんな話の時にまで、カゲは嘘を入れてきた。

 私を悲しませないようにの配慮だろうか。それとも、新聞の女の子を悼んでのことだろうか。

 私にはわからなかった。


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