記憶が正しければ、初めて会ったその日にした会話で、好き嫌いの話をした。お互い色々、聞いていたんだと思う。
「じゃあ、一応ちゃんと聞いてたんだ」
「多分ね。悪いことしちゃったな」
「え、でもさ、付き合う前なんだよね? それからすぐに付き合った?」
「ううん。一旦そこで終わって。しばらくしてから、何回か連絡は取ってたけど。お互い、別の人とデートしてたと思うよ。少なくとも、私はそうだった」
そう、大地とすぐには、付き合わなかった。彼でいいのか決めかねていたのと、登録してすぐのことだったから、まだ色んな人と話をしてみたい、そう思ったからだ。
悪いことだとは思わない。付き合っていないし、それがマッチングアプリの醍醐味であり目的だと思っている。
一回会った後、大地はフェードアウトしていった。そこからしばらく連絡もなかったし、お互い、別の人と連絡を取って、お試しで会ったりしていたんだと思っている。
そして、同じように、他に良い人が見つからなかった。結果、付き合うことになった。
「付き合うまで、期間空いてたってことだ」
「そう。だから私、すっかり忘れてたんだと思うんだ。友達とはこう、カテゴリが違うっていうか」
「なんかわかるかも」
そう言ってもらえて、私はホッとした。自分の感覚がおかしくないと思えたからだ。
「……ねぇ、彼氏さんと合わない部分、もうちょっと教えてくれる?」
「え?」
「あのさ、まずね。ちょっと言いにくいんだけど、紗希はもう少しはっきり『嫌なことは嫌だ』って、言えるようになったほうがいいと思う」
「うっ」
図星だ。自分でもそう思うことは多々ある。そう言った由那の表情は真剣で、私のことを考えてくれているのがよくわかった。
「その上で、ね? 彼氏さんも、紗希に甘えているというか、自分勝手に振る舞ってる部分が、あるんじゃないかなー……って」
「……うん」
「紗希自身が、彼氏さんをそうさせている部分はあると思う。でもね、だからと言って、好き勝手にしていい、ってわけでもないんだよ」
「そう、だよね」
「そうだよ!」
それからはもう、私の話ばかりだ。根気よく由那は聞いてくれた。
「好きならさ、ちゃんと自分の意見も、相手に伝えるべきだよ。そうじゃないなら、別れちゃっていいんじゃないかな?」
「別れてもいいと思う?」
「うん。だって、ずっとそのまま付き合っていっても、疲れるだけじゃない? 自分を出さないまま、相手に合わせて生活していくんでしょ? 結婚の話になったらどうするの?」
「それは……」
言葉に詰まる。まだ具体的な話はしていないが、今まで一度も話題に上がらなかったわけではない。ただ、大地が忙しいから、もっと仕事が落ち着いてからゆっくり話していこう、そうなったのだ。
「まださ、二人だけの間はいいよ。大人だから。子どもが産まれたら? 赤ちゃんは、こっちの話なんか聞いてくれないし、二人で育てなきゃしんどいよ?」
「うん……」
「最初から一人で育てるのと、そこにいる父親が何もせずに結果一人で育てるのとでは、全然違うと思うもん。そうじゃない?」
正直に言えば、大地と結婚して妻になって、それから子どもを産んで母になる、その想像ができなかった。もっと正確にいうと、母親になったとき隣に大地がいると、思えなかったのだ。
このまま結婚したら、私は大地の言いなりだろう。育児だって、彼は忙しいからとやってくれない気がしている。
「未来を想像してみて。そこに、彼氏がいるなら、話してみなって。いないなら、自分と向き合ったほうがいい」
由那の言葉には、説得力があった。
「私みたいに、もう結婚が視野に入ってる段階だと、別れるの結構辛いよ。周りの反応もあるしね」
そう言った由那は、悲しそうだった。
「そう、だよね。うん、そうする! まずは、自分がどうしたいのか、考えてみるよ」
「うん、それがいい!」
もやもやしていたのは、今日の出来事だけではなかった。それはきっかけにすぎなくて、本当は、もっと根本にあったのだ。
今日由那に会わなかったら、私はこのままずっと、心の奥底に自分の気持ちを押し込めていたかもしれない。
「ケンカして謝るとき、いつも紗希から?」
「うん。なんていうか、彼って意地っ張りだから……」
「自分から、謝れないタイプだ」
「そう」
「その光景、目に浮かぶ。彼氏のこと、全然知らないけど」
大袈裟に、由那は笑った。
「今日は、夜ご飯食べて帰らない? せっかく会ったんだし」
嬉しい誘いだ。私も、そう思っていた。それに、今日はあまり早い時間には帰りたくない。
「私もそう思ってたところ! ねぇ、お店他にも入りたいから、買い物もこのまま付き合ってくれる?」
「当たり前じゃん!」
このまま、飲み物がなくなるまで話した後、私たちは買い物をして、同じショッピングモール内のレストランに入った。
「ちょっと、他に比べてお高めじゃない?」
思わず、小さな声で話す。
「たまにはいいでしょ! 今日はさ、二人とも頑張ったご褒美で!」
「確かに!」
気兼ねなくお店に入れることが、こんなに楽しいなんて。
メニューだって、ああだこうだ言いながら、好きなものを頼んだ。値段も気にしなくていい。
「じゃあ早速、二回戦といきましょうか」
由那がのりのりだ。
「今日、全部愚痴吐いていったほうが、すっきりすると思うよ? 付き合い続けるにしろ別れるにしろ、自分のことも、もっと客観的に見るべきだし」
「そうだよね」
由那の提案に、私はありがたく乗ることにした。
「へぇ、そっか、確かに紗季、SNSすごい更新してるよね」
「やっぱり、更新量多い?」
「私から見たらね。でも、私の周りでも、結構更新してる子いるからなぁ。カップル垢みたいなの持ってる子たちもいるし」
「カップル垢かぁ」
少しだけ、羨ましくなる。
「あれ、別れたらどうするんだろうね?」
それはそうだ、どうするのだろう。
「やっぱり、アカウント消すのかな?」
「それしかないよね? 再利用とか無理じゃない? 投稿消してもさ」
「だよね」
由那につられて、私も笑う。
「昔だと、メールアドレスに恋人の名前とか、付き合った記念日入れてたらしいよ」
「それ、いとこがやってた!」
そして、別れたらアドレスを変える。そこまでがセットだ。
さらに言えば、新しい恋人ができたらまたアドレスを変える。それの繰り返しだったらしい。
もてる人は、一年に何回もアドレスが変わったんだろうか、と、どうでもいいことを考えてしまった。
「それで、ストーカーは、実在してるの?」
「……多分」
「実害ないと、警察に通報もできないもんね。何か起こってからじゃないと、動いてくれないって聞くし」
由那が呆れたように首を横に振っている。
「しかも、真似してくるって、かなり変わった方向のストーカーじゃない?」
「だよね。だから、勝手に女性なのかな、って思ってるんだけど」
「それはそれで怖い」
そう、わかる。怖いのだ。私の真似をして、いったいどうしたいのかもわからない。
「思い当たるアカウント、あるんだよね?」
「あるんだけど、何回もアカウント変えてるんだよね」
「あんまりよくないって、思ってるのかな」
「どうだろう。それでも、おすすめに上がってくるから、何となくわかっちゃうんだよね。プロフとか名前、大きく変えてないみたいだし」
「見つかっても平気、ってことじゃん!」
そうなのかもしれない。
私自身、衝動に駆られて突撃しようと思ったこともある。
だけど、勘違いで大きなトラブルになるのも怖いから、結局それはやめた。自分のアカウントを、そのために消すことには、絶対にしたくなかった。