清丸は少し笑って、それ以上は何も言わなかった。でも、その言葉だけで胸がドキドキして、息が浅くなる。
その後また屋台を一通りまわった私と清丸は、広場のベンチでひと休みしていた。提灯の光が周りを照らしていて、遠くからは太鼓の音が聞こえる。待ちに待った花火が始まるのは、あと一時間後らしい。
「なぁ、あしか、ジュース買ってくる。なんか欲しいもんある?」
「え、じゃあ、りんごジュース」
「りょーかい」
清丸が立ち上がると、その背中が人混みの向こうに消えていった。一人になってベンチに座っていると、視界の端でひらりと浴衣が揺れる。
「あしか、やっぱりいた」
声のしたほうを振り向くと、音羽と鈴緒が並んで立っていた。二人とも浴衣姿で、音羽は水色、鈴緒は淡い紫。どちらも華やかで、周りの人たちの視線を集めている。
「音羽、鈴緒! 二人もきてたんだ」
「当然。ま、俺たちの家だし?」
「毎年参加してるんだよ。見回りもかねて、ね」
「うそうそう! なぁあしか、楽しんでる?」
「……うん、楽しいよ」
言った瞬間、なぜか鈴緒がにやりと笑った。
「楽しいのは清丸と一緒だから?」
「な、何それ!」
「つい見ちゃったよね。二人で屋台まわってるとこ。……いやー、すっごい楽しそうだった」
からかわれて顔が熱くなる。けれど音羽は鈴緒と違って、なんだか落ち着いた笑顔を向けてきた。
「……あしか、清丸のこと、好きなんだね」
「――っ!」
心臓が跳ねる。音羽は優しい声でそう言ったけれど、その目はどこか探るように私を見ていた。
「え、えっと、それは……」
「大丈夫、答えなくていいよ。でも……良いよね」
音羽がほんの少しだけ、うつむいて笑った。その笑顔は、どこか切ない。
「音羽? どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ! ホラ、花火始まる前にいい場所取らないと!」
「あ、う、うん」
「じゃあなあしか!」
「それじゃあ、また」
二人は人混みのほうへ戻っていく。その背中を見送りながら、私は音羽の言葉が頭から離れなかった。
(音羽……もしかして好きな人がいる……?)
でも、その人が誰なのか、私には聞けなかった。
「お、待たせたな」
「……あ、うん。ありがとう」
清丸が戻ってきて、りんごジュースを渡してくれた。隣に座ると、さっきまで音羽と鈴緒と話していたせいか、心がなんだか落ち着かない。
「どうした? 顔赤いぞ」
「え、えっと……ちょっと暑いだけ」
「ふーん……?」
清丸はジッと私を見つめる。その視線から逃げるみたいに、私はジュースをひと口飲んだ。
でも、言わなきゃいけない気がした。音羽の言葉を聞いた後だからかもしれない。
「……ねぇ、清丸」
「ん?」
「……今日、一緒に屋台周れてよかった」
言った瞬間、清丸の目がほんの少し見開かれた。でもすぐに、ふっと口元がゆるむ。
「……お前が素直になるの、久しぶりだな」
「な、何よそれ! 私はいつも素直ですけど!?」
「いや、悪い意味じゃねーよ。……俺も楽しい」
清丸はそう言うと、りんごジュースのふたを指先で軽く弾いた。その横顔が提灯の光で赤く染まっていて、見ているだけで心臓がうるさくなる。
「なぁ、あしか」
「なに?」
「……花火始まったら、ちょっとだけいい話してもいい?」
「い、いい話って……」
「内緒」
清丸はニヤッと笑った。
でも、その目が少しだけ真剣で――胸の奥が、ドキンと跳ねる。
「なぁ、花火、あそこから見ようぜ」
清丸が指さしたのは、屋台が並ぶ広場から少し外れた小さな丘だった。神社の裏手にあって、提灯も少なく、人もほとんどいない。丘の上からは町全体が見渡せて、花火を眺めるにはきっと最高の場所だ。
「……こんなとこ、知ってたの?」
「当たり前だろ? どれだけここに住んでると思ってるんだよ。ホラ、早く行こうぜ」
清丸に手を引かれる。浴衣の袖がふわりと膨らんで、草むらを抜ける夜風が涼しい。少し登っただけで、屋台の喧騒が遠くなる。
「……ねぇ、ホントに誰も来ないの?」
「だーれも来ないよ。昔からここは俺の特等席だ」
「なんか、ずるい」
「ははっ、いいだろ? お前にだけ教えてんだぜ」
清丸がカラッとした笑みを浮かべる。ズルいのは、そうやって笑われると私の心臓がまた早くなることだ。
丘の上に着くと、シートなんてない草地に二人並んで座った。遠くの屋台の灯りが星みたいにチラチラ光っていて、空にはまだ火の粉があがっていない。
夜風が吹き、二人の浴衣の裾がかすかに触れる。話したいことは沢山あるのに、なんだか言葉が出てこなかった。
「……なぁ、あしか」
「何?」
清丸は空を見上げたまま、少し考えるように口を開く。
「俺さ……今、すげぇ楽しい。多分、こんなに笑ったの久しぶりだ」
「そう、なの?」
「お役目だの神事だのって、面倒くさいことばっかだったからな。……でも、お前といると、忘れられる」
そう言って、清丸がこちらを見た。その目は、屋台の光じゃなくて、月明かりに照らされている。いつもみたいにからかうような目じゃなくて、真剣そのものだ。
「だから……ありがとな、あしか」
「――!」
そんなこと言われたら、顔が赤くなるに決まってる。私は思わず視線を逸らした。
「な、なんで今そんなこと言うのよ……!」
「今しか言えねーだろ。ほら、あとで花火に邪魔されるし」
そう言いながらも、清丸は笑わなかった。その沈黙が、胸の奥にじわっと広がっていく。
ドン――。
最初の花火が夜空に咲いた。赤い火の粉が大きく広がって、私たちの顔を一瞬だけ照らす。
「お、始まったな」
「うん……」
空を見上げるけれど、横顔が気になって仕方がない。清丸の視線は空じゃなく、私のほうに向いていた。
「……な、何?」
「別に。ただ……綺麗だなって思って」
「花火のこと?」
「お前のこと」