「ホラ」
「え、えええ、でもこれ……」
「お前のために買ったんだし、いらないなら俺が食うけど?」
「っ……い、いただきます」
ギュッと両手で綿あめを受け取ると、指に触れたフワフワがくすぐったい。でも、それ以上にくすぐったいのは清丸の視線だった。
「……そんな見ないでよ」
「え? 俺、ただ見てるだけなのに?」
「だから見ないでってば!」
「んー……可愛いなぁって思ったら、勝手に目がいくんだよな」
「何それ!」
またそれだ。さらっと爆弾を落としてくる、この狐はズルい。顔をそむけて綿あめにかじりつくと、ふわっと甘い砂糖の味が口いっぱいに広がった。
「おいしい?」
「……おいしい」
「そっか」
清丸はそれだけ言うと、私の隣を歩きながら少し笑った。
人波を抜けると、次に見えたのは金魚すくいの屋台だった。水面が提灯の光を映して、金魚たちがキラリと赤い尾をひらめかせている。
「おっ、あしか、やる?」
「え、えっと……やりたいけど、私、すぐ破っちゃうから……」
「俺がすくってやるよ」
そう言って清丸はポイを受け取った。水の上にしゃがみこんだ清丸は、すっと静かな動きで金魚を狙う。神様の鋭い感覚が残っているのか、破れそうで破れない絶妙な力加減で金魚をすくい上げた。
「ほら、取れた」
「わ、すごい……!」
透明な袋の中で赤い金魚が泳いでいる。それを受け取った私に、清丸はわずかに誇らしげな笑みを向けた。
……と、その時。
「清丸くんだ~! すごい、金魚すくい上手なんだね!」
横から、同じクラスの女子たちがパッと近寄ってきた。浴衣姿の数人がキャーキャー騒ぎながら清丸を囲む。
「え、写真撮っていい? 清丸くん、金魚持って!」
「カッコイイ~! どこの屋台行くの?」
私は思わず一歩下がった。清丸は困ったように笑いながらも、愛想よく返事をしている。
(……なんか、やだ)
自分でもいやになるくらい、胸の奥がムズムズした。金魚を袋ごと抱えた手にぎゅっと力を込める。
私がその場からそっと離れかけた時――。
「あ、待って」
清丸が私の手首をすっとつかんだ。
「行くぞ」
「え、でも……」
「あしかと一緒に回りたいんだよ。他のヤツに構ってる場合じゃないし」
ニコッと笑った清丸の手は、しっかり私を引っ張って歩き出す。周りの女子たちの「え~!」という声が遠くなっていく。
……やっぱりズルい。
こんな風に、簡単に私の気持ちをグラグラにするなんて。
金魚すくいから少し歩くと、パーンッという乾いた音が聞こえてきた。人混みの先に見えたのは、射的屋台だ。景品棚にはお菓子やぬいぐるみがずらりと並んでいる。
「お、射的。やってく?」
「えっ、でも難しそうだよ?」
「俺が取ってやる」
清丸はためらいなくお金を出し、コルク銃を手に取った。その仕草がやたら様になっていて、周りの子どもたちが「お兄ちゃん、うまそう!」と小声でささやく。
「何が欲しい? このウサギのぬいぐるみとか?」
「え、えっと……そ、そこの、ひまわり柄のハンカチ」
「何か、地味だな」
「いいの! 可愛いんだから!」
清丸は肩をすくめながら銃を構えた。狙いを定めるその横顔は妙に真剣だ。
「……っ!」
パン、と音がして、ハンカチの箱が見事に倒れた。店主が「お見事!」と拍手して、景品を渡してくれる。
「はい、あしか」
「わ、ありがとう……!」
ひまわり柄のハンカチを受け取ると、胸がほんのり熱くなった。子どものころ清丸に手を振った時と、どこか同じ気持ちがよみがえる。
「楽しい?」
「うん! とっても!」
笑顔で答える私を見て、清丸も同じように笑っていた。
次に見えたのは、色とりどりのヨーヨーが水面に浮かぶ屋台だった。水面が提灯の光を反射して、まるで小さな星が沢山並んでいるみたいに見える。
「ヨーヨー、好きだろ?」
「うん……小さいころ、お父さんに取ってもらったんだよね」
「じゃあ、今回は俺がとってやるよ」
「え、いいよ! 自分でできるし!」
「ダメダメ、折角いい思い出なんだから、そういうのは増やさないと」
そう言って、清丸は私の手をそっと取った。細い紙の糸を指に引っかけ、私の手ごとゆっくりと水面へ下ろす。
「ほら、あそこの青いヤツ狙え」
「う、うん」
清丸の指が私の指に重なって、ほんの少し温かい。狙いを定めようとしても、心臓がうるさくて手が震えそうになる。
「どうしたあしか、集中しなきゃ」
「し、してる!」
「……耳まで真っ赤だぞ」
「み、見ないでよ!」
言い返した瞬間、タイミングよくヨーヨーが引っかかって、ぽんっと水面から上がった。
「おー、取れたな」
「や、やった!」
嬉しくて笑った私を見て、清丸は一瞬だけ、言葉を失ったみたいに見えた。けれどすぐに、ふっと視線をそらして小さくつぶやく。
「……やっぱ、お前が笑ってるの、好きだわ」
その声は、さっきよりも少しだけ小さかった。でもちゃんと聞こえちゃって、胸がぎゅっと縮まる。
屋台の喧騒を抜けて、少し静かな参道へ戻った。頭上に並ぶ提灯が、ぼんやり赤い光を落としている。
「なぁ、あしか」
「なに?」
「……なんか、めちゃくちゃ楽しいな」
「……うん、私も」
ほんの少しだけ沈黙が落ちる。私も清丸も、顔を見合わせたら負けみたいに、なんとなく視線をそらした。
……でも、言わなきゃいけない気がする。こんな時間がずっと続いてほしいって、心のどこかで思ってしまうから。
「……清丸」
「ん?」
「……ありがと。今日は、すごく楽しい。何度でもそう言っちゃうくらいに」
「お前が笑ってるなら、俺も楽しいよ」
笑いながら、清丸は一歩だけ私に近づいた。提灯の光が彼の横顔を照らして、その輪郭がやけに近い。
「……なぁ、あしか」
「な、何?」
「今、言いたいことあるんだけど……夜まで取っといていい?」
「え?」