第12話:第二不思議『タナカ先生、至急、職員室までお戻りください』_4

或いはソレが生きていると仮定して。

 タナカ先生という名前を使ったのは、よくいる苗字だから、誰に聞かれてもさほど怪しまれないと思ったからだそうだ。
 こんなことがあるから、学校ではタナカという苗字の先生は、雇わないようにしているらしい。このために可能性潰すっていうのもすごい話だけど。背に腹は代えられないんだろうな。

「……それで、誰も犠牲にならなかったの?」

 ふと疑問に思って、僕は先生に聞いてみた。今まで同じことを続けているなら効果があったんだと思う。
 けれど、どうしても確かめてみたかったから、そのまま疑問を口に出した。

「一人だけ、間に合わなかった先生がいたらしいよ」

 あぁ、やっぱり……って。何でやっぱりって感じたんだ? って思ったけど、そう話す先生の顔が、ずっと強張ってたからだと自分で納得しました。
 しっくりきたんですよね、ものすごく。
 何とか一命は取り留めたけど、とにかく酷い怪我だったらしいです。……命があるだけマシだと思うべきだったのか、一思いに死んだほうがマシだったのか。そんな状態だったと。よっぽどだよね、怪我の程度が。

 それでも、その対応を取り続けているということは、少なからず効果はあるんですよね。いわく、後にも先にもその顧問が失敗したと聞いたのは、たった一度きりだった。

「……とにかく、絶対に口外しないように」

 重苦しい空気に、僕らは頷くことしかできなかった。
 こんな話、信用してもらえるかもわからないから、誰かに話すつもりはなかったしね。何となく先輩二人と一緒に学校を出たよ。顧問の先生は、職員室へ戻っていった。

 僕はね、その後も何度か遭遇したんだよ、そのアナウンスに。
 心がシャットアウトしているみたいに、もう何にも反応しなかった。僕自身に危険がなかったのもあるかもね。そして、卒業式を迎えるほんの少し前。

 ――最後のアナウンスを聞いたんだ。

 すごく寒くて、何なら雪も降ってたよ。でも雪だるまを作るには足りなくて。かなり降ったと思ったんだけど。もう帰るつもりだった。遅くなる前に。友達三人と教室を出て、階段を下りて下駄箱へ向かって。

『――タナカ先生、タナカ先生、至急、職員室までお戻りください。保護者の方からお電話です。――もう一度繰り返します。タナカ先生、タナカ先生、至急、職員室までお戻りください。保護者の方からお電話です』

 聞こえたんだよ、あのアナウンスが!

 笑われるかもしれないけど『またきたのか』くらいにしかもう思わないんだよね、麻痺しちゃって。
 でも、一応友達に声をかけたわけ。っても、あの話はできないから、何かしら言い訳つけて、ちょっと話を伸ばして。

 ……近くに、もし逃げ遅れた大人がいちゃいけない、って思ったから。

 ただ、どんなに頑張っても、もうネタがないから十五分くらいしか延ばせなくてさ。そろそろ行くか、ってなった時、聞こえたんだよ。

「うわぁぁぁぁぁ……!!」

 って、悲鳴が。

 最後のほうはもう掠れてて、断続的で。
 みんなで一斉に振り返ったよ、下駄箱にいたからね。校舎の中を見た。話を知っている身としては『誰かが襲われたかもしれない』ってのが真っ先に頭に浮かんでさ。一階から順にみんなで校舎を見て回ったんだよ。

 ――そしたら倒れてたんだ、二階の廊下に。あの生徒会の顧問の先生が。血まみれになって。

 子ども一人は平気って話だったけど、友達二人おいて、念のために一人は僕に付き添ってもらって、別行動したよ。行き先は職員室。先生を呼びに行ったんだ。

 ――その場で救急車? 万が一救急隊員が一人になったらどうするんだ? 例がないだけで先生しか犠牲にならないなんて保証はないだろ?

 ちょうど、一年の時に教科担任だった先生がいたから、話をしたんだ。そしたら、見る見るうちに顔色が青くなって。他の先生も騒ぎ始めて。助けに行くのか行かないのか。

「大人一人じゃなきゃ良いんだろ!? 僕も行くからお願いだよ!!」

 って大きな声で叫んだら、その時職員室にいた先生の三分の一くらいが、一緒に移動したよ、生徒会の顧問の先生のところまで。
 待ってた友達はビックリしてた。確かに、先生一人の様子を見に行くのには、大所帯だったと思うよ。でも、この話を知っている人間から見たら、それは正しい判断なんだ。そこでようやく救急車を呼んで、誰も一人にならないように、先生たちは自然と行動してた。

 僕らは帰れって言われて帰ったね。無言だったよ、帰り道。終わりのアナウンスを聞くことなく、僕のその日は終わったんだ。

 結論から言うと、先生は助からなかった。
 出血が多過ぎて、僕らが見つけた時にはもう虫の息で、救急隊が到着したころには息は止まっていたんだ。『どうしようもなかった』って言われたけど、あんまり納得はできなかった。

 最初は事件として扱われたみたいだけど、誰かが侵入した跡はなくて。結局、どう処理されたかはわからないけど、新聞には載ったよ。ショッキングな話だしね。そりゃそうだよね。

 聞いた話じゃ、傷だらけだったけどどの傷も浅くて、どうやってあんなに大量出血したのか、わからなかったんだって。周囲にあった血も、先生にベッタリついていた血も、先生本人の血だったのに。

 アナウンスがあったのに、先生が一人でいた理由? ……たまたま、先生のいた部屋のスピーカーがいたずらか何かでオフにされてたんだって。

 ――先日、同級生と再会したら、なんとその同級生の娘さんが、僕らの母校へ通っている話になって。
 感慨深い気持ち半分、怖い気持ち半分でいたらさ。

「なぁ、俺らのころにも『タナカ先生』いたよな? あの、たまにアナウンスで呼ばれてた先生。保護者からの電話が……っての。今でも年に何回か、保護者からのクレーム対応でもしてるらしいぜ。大変だよな、先生も。……って、同じ先生なのかな?」

 って言うから、一気に当時を思い出して怖くなっちゃったよ。

 ……まだまだ、僕らの学校には、タナカ先生が在籍しているらしい。


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